私は今泥酔している。
あ、携帯から書くとマーカー引けないんだね
泥酔してるときにブログを書いても大体悪い方向にしかならないけど、思ったことを書いてみる。
そもそも麻雀負けてお酒に逃げてるのは自分の弱いところでもある。
悔しさを忘れるんじゃなくて、その悔しさをバネにしてびよよよーんしなきゃダメなんだ。
自分の麻雀に対する意識の低さというのを最近感じる。
いや、少なくとも半分以上の人よりは意識高いと思ってる。
でも、強い人たちと比べて明らかに意識が低い。
以前、某団体の麻雀強い人と話した時に感じた。
「あ、この人はまじで麻雀しかないんだな。いや、麻雀しかないんじゃない。色んなものがあるけど、圧倒的に麻雀なんだ。」
僕は麻雀しかない。それは本当の意味で麻雀以外に何も残されていない。
でも、この人には他のものもたくさんあった。
でもその他のものが0に近くなるぐらい麻雀しかない。
だから、強いのかな、とも思った。
実際、考えてる量も経験量も努力量も僕より上だ。
どうして僕が勝てようか?(反語)
まぁトッププレイヤーって大体こういう人で、そこにいくには自分もそれぐらいのことをしなきゃいけない。
まだ若いから…って言われることも多々あるけど、23でも、この先何もせず30になったら、それはもう今30なのと一緒である。
何もしなきゃ変わらない…何もしなきゃ…
思えば自分の人生は失敗だらけだった。
辛いことだらけだった。
人生続けてれば辛いこともあるけど楽しいこともあるって言うやつらは人生上振れてるだけ。そう思う。
僕は一人っ子でいとこもいなかった。
僕が5歳の時に両親は離婚し、母親1人の手で育てられた。
母親は中卒で、給料のいい仕事にはなかなかつけないため、いろんな仕事をして僕を育ててくれた。
昼も夜もいないことはよくあった。
必然的に僕は家でほとんど1人だった。
桃鉄を99年やった回数は麻雀界で一番多いかもしれない。
そんな僕だから、小学校に入って苦労した。
何も知らずに社会に触れることほど恐ろしいことはない。
体も弱くて休みがちで、それでも少しだけ話せる人を増やして敵はできないような立ち回りをしてた。それは今も変わらないな、と思う。(敵はたくさんできるようになったけど)
でも、僕は本当の意味で友達と呼べる人はいなかった。
遊ぶ相手はいた。
でも、本当に困った時に相談する相手などいない。
というより、誰一人として信用できなかった。
少し信じたら裏切られる。そんな経験が、僕から人を信じる能力を奪った。
それは今でもそう。
人を信じることができるのってある意味才能なんじゃないかな、と思う。
まぁそんな感じで小学校は終わり、中学校・高校は、ただ部活をして、ずっと辛酸を舐める思いをしただけで終わった。
前にも書いたけど、生徒会長したことだけはいい経験だったと思う。それだけが財産かもしれない。
幸いにも幼少期から麻雀のことばっか考えてたせいか、あんまり勉強しなくてもテストは点数取れた。
そのおかげで某国立大学に入学。
無償(返済不要)の奨学金も通って、これからは全て自分の力で生きていくことに。
当然、お金が無いとこからスタートなので引っ越してすぐに雀荘で働いた。
最初は塾講師もやっていたけど、非効率すぎてすぐにやめた。
非常に多くのことを学び、多くの経験をして、色んなことを知った。
本当は18から19になったとこですぐに連盟のプロテストを受けるつもりだったが、自分の実力不足を感じて、先延ばしにした。
その当時でも、点数計算や清一色問題は容易にできたし、絶対に受かる自信はあった。
でも、やるならトッププレイヤーになりたい。
そう思った時に、今受けるよりも、実力つけてからのほうがいいんじゃないか、そう思った。
ひたすら麻雀をしながら大学も通い続けたが、問題が起きた。
僕が入ったのは情報系の学科なのだが、パソコンの知識ゼロにとっては思った以上にきつかった。
就職した時パソコン使えたほうがええやろ、っていう発想で情報系を選んだことを心底後悔した。
サークルにも入らず働き続けたことが仇になり、仲間ゼロ、能力ゼロという絶望的な状況に。
結果、大学は辞めた。
めちゃくちゃめんどくさかった英語を全部取ったのに………
もちろん、色んな人から卒業はしろと言われた。
いや、一番卒業したいのは自分。
でも諦めた。
それほど無理だった。
そうして、僕には6歳からやり続けた麻雀だけが残った。
僕は精神的にとても弱くて、正直麻雀をやめたいと思ったことも何度もあった。
でも、それが結局できないぐらいに麻雀しかない。
唯一残された麻雀という道で僕は輝けるのか、
結局麻雀でもダメなのか。
そんなこと考えちゃダメだよな、やるしかないんだよもう俺は。
弱音をダラダラと書くのは終わり!
次に向けてやるべきことをやります!