『細胞の中の分子生物学』(著)森 和俊  2016年5月 ブルーバックス(講談社) | 生涯学生気分

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後期高齢者ですが「生涯学生気分」の境地で若々しく、知的な記事を発信して行きたいと思っています。

 

内容(「BOOK」データベースより)

今やさまざまな生命現象が細胞・分子レベルで解明され、生命の本質への理解が格段に深まっています。生命活動の基本は、DNAの暗号を解読してタンパク質を正しく作りつづけること。生命の基盤「小胞体ストレス応答」の仕組みを解明した世界的研究者が、細胞内で働く巧妙なメカニズムをやさしくひもときます。

10年以上にわたって磨きをかけてきた京都大学の名物講義をもとに書き下ろした、生命科学入門の決定版。

 

著者について

森 和俊
1958年岡山県倉敷市生まれ。1985年京都大学大学院薬学研究科博士課程退学。1987年京都大学薬学博士。岐阜薬科大学助手、テキサス大学博士研究員、エイチ・エス・ピー研究所副主任研究員・主任研究員、京都大学大学院生命科学研究科助教授を経て、現在、京都大学大学院理学研究科教授。小胞体ストレス応答研究の開拓者。ワイリー賞、カナダ・ガードナー国際賞、紫綬褒章、上原賞、朝日賞、ショウ賞、アルバート・ラスカー基礎医学研究賞、トムソン・ロイター引用栄誉賞、恩賜賞・日本学士院賞など受賞多数。

 

本の構成は、第1章から第5章までは、生命の設計図があるDNA、ゲノムと遺伝子の相違、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体などの細胞内小器官、DNAからmRNAのたんぱく質合成の設計書の転写そしてアミノ酸配列を基にしてのリボソームでのたんぱく質への翻訳、合成、小胞体等での分子シャペロンの働き、不要・余剰たんぱく質の分解処理

と分子生物学の一般基礎と、遺伝子の発現いわゆる「セントラル・ドグマ」(DNA~RNA~たんぱく質の合成)についての体系的な講義です。

 

そして第6章、第7章が著者の専門の「小胞体ストレス応答」研究の熱い話となっています。

新書版ですが、豊富なイラストとともに各章末のコラムでの専門的な事項の補充説明もあり、実に丁寧に作られています。

 

著者は、1988年に哺乳動物の培養細胞を用いて小胞体ストレス応答の存在を発見したテキサス大学のメリージェーン・ジョー夫妻の研究室にほぼ同時期に留学して、小胞体ストレスの研究に打ち込み、そのシステム、関係するいくつもの遺伝子を発見し、カリフォルニア大学のピーター・ウォルターとともにアメリカのノーベル賞と称されるラスカー賞を受賞し、ノーベル賞の有力な候補者なんですね。研究のモデル生物は単細胞だが真核生物の酵母であった。

 

「小胞体ストレス応答」とは、DNAからmRNA(転写)、リボソームでのたんぱく質合成(翻訳)の過程を経て細胞小器官の小胞体へ送られてきたたんぱく質が、本来の立体構造を持った正しいたんぱく質であるかどうかのチェックをし、異常なたんぱく質でも修正可能なものは分子シャペロンで直し、修正不能なものはスクラップとして小胞体外の細胞質に排出し、リソソームにゴミとして分解処理させる、いわば小胞体という工場での品質管理、そして異常たんぱく質が多い場合は、分子シャペロンの派遣増大の転写部門への要請(転写誘導)、場合によっては運ばれてくるたんぱく質の緊急ストップなどの、品質管理や危機管理システムの研究で、半年かけて10万個の酵母の中から3個の異常なたんぱく質を持つ酵母を見つけ出し、実証的にこれらのシステムの構造、関係する遺伝子を発見し発表した。この研究にはカリフォルニア大学の若手の大物研究者ピーター・ウォルターとの熾烈な競争があった。

 

そして、「ヒトの小胞体ストレス応答」を目指し後続の内外の研究者も参加し、酵母から線虫、ショウジョウバエ、メダカそして哺乳類のマウスの研究素材を経て、数々の素晴らしい発見がなされ小胞体の研究は分子生物学の人気分野となった。

オワンクラゲの下村脩氏のGFP(緑色蛍光たんぱく質)の発見は、光学顕微鏡で細胞内小器官を複数色に光らせて見ることが可能になって、細胞生物学の研究に飛躍的な便宜、効率化をもたらし、今や欠かせない手法になっている。

 

小胞体ストレス応答みたいな事象は、核、ミトコンドリア等の細胞小器官、細胞質にもあると考えられているが、まだ詳しい研究は進んでいないようだ。

 

ノックアウトマウスと言って、小胞体ストレス応答に関係する遺伝子をわざと除去して、人工的に病気を起こさせる研究を通じて、ヒトの肥満、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋委縮性側索硬化症などの神経変性疾患、炎症性腸炎、心不全、心筋症、動脈硬化などに小胞体ストレスが関与しているとことが判明した。

 

要するに、生命の源であるたんぱく質、遺伝子が異常化すると病気になるとのことですね。癌も遺伝子変異ひいては異常なたんぱく質の増大ということでしょうね。

異常なたんぱく質と言えば人間にも感染するという狂牛病(牛海面状脳症)が有名です。

 

ノーベル賞受賞者の大隅良典氏の「細胞は、飢餓期に自分の体を食べてしまう」というオートファジー(自食)の話もありましたが、赤ちゃんは生まれた当初は飢餓状態で自分の細胞を分解してオートファジー(自食)を行っているとの事でした。

 

いつも思うことですが、人体を含めてこの世界は良く作られていますね。生物38億年の進化の積み重ねという自然の叡智なのか、人間の預かり知らぬ大いなる存在の恩寵なのかわかりませんが。

 

参考 動物の細胞

ヒトの細胞は約60兆個もあるそうです。図はカラフルになっていますが、実際はそうではありません。