古代インドの歴史についてチョッと、つぶやきましょう。 | 神聖寺 隆健 090-3085-9732

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神聖寺 隆健 (しんしょうじ りゅうけん)
真言宗、法事と供養、仏教世話ばなし



上の梵字は私、隆健の筆による、サンスクリット語・般若心経からの一文字です。
ブログを途中からお読み頂いた方々の為に、過去のブログを、改めてご案内させて頂いております。なお、私のつぶやきは実生活には何の役にも立ちません。謝謝。

つぶやきを進めましょう。
古代インドの歴史についてチョッと、つぶやきましょう。
昔・昔、インドの地に古代インダス文明の繁栄がありました。やがてインド・イラン高原を越えてアーリア人(騎馬民族)の侵略が始まりました。征服者となったアーリア人はバラモンの神々を主体とした組織図を完成し、ヴェーダ(バラモンの神々を称える詩・物語)を、古代インド社会の聖典として普及させました。古代インド・バラモンを称える祭祀・儀礼、この儀礼の中に国民を階級組織に分けるカー○ト制度もありました。

このカー○ト制度により、アーリア人に征服された土着の民族は生まれながらに使用人(奴○)に位置づけられ、あるいは(奴○以下)として社交社会から締め出されました。
アーリア人に征服された土着の民族はバラモンの祭祀に参加を許されず、神への祈りごとも許されず、ただ、ただ遠くから見るだけでした。古来の自分達の神は抹殺されて、バラモンの儀礼に従うだけの存在でした。

やがて時代の流れと共に階級制度を超える混血が始まり、古代インドから伝承される神々の復活・ヒンズー教の誕生が始まりました。アーリア人に征服された土着の民族、彼らの昔からの神々が復活して来たのです。
バラモン教に各地方の神々を崇める民族宗教が次々と複合・結ばれて様々な変化を経てヒンズー教が庶民の中で成立・発展していきました。

お釈迦様が誕生したときにはヒンズー教は既にかなりの勢いがあったようです。
お釈迦様が説く仏教の発展を契機に、バラモンそのものは、だんだん消滅していきますが、各地方の神々を寄せ集め崇めたヒンズー教は、やはりヴェーダを聖典として、そのまま残し、『カー○ト制度』も、継承されて発展していきました。
古代インドには、特徴として、火を焚いて(護摩を焚く)祈りごとをすることが土地習俗・風習として、お釈迦様が誕生する以前からありました。

この護摩焚きが、後世、真言密教に伝わって行きます。