人は皆、
ウッカリ迷う。
気付きかけては
迷い、葛藤、苦悩して
真を通せず
迷うことを選ぶ。
自業自得
因果応報
知っていながら、
理解に及ばず
この世で迷う。
他者と云う
自身と同じ人間を
目にしては
とある思いに至っては
他者が、
誰かのことを思い
煩っている心配事は
其の他者自身の
ソコに至る迄の経験。
自業自得が故に
抱えてしまった
因果が原因で
煩うモノだ。と
ある程度簡単に
皆、気付くことが
出来るのに、
自分自身が
他者のことを見て
他者のことを考えて
気付いたことは
その他者に報せ、
指摘、注意、提示し
教え、気付かせて
その他者自身が、
提示され教わったことを
有り難み
素直に真摯に忠実に
注意し、生きることを
選らんだならば
他の誰もが
救われる筈だ。と
思ってしまえば
自業自得
因果応報を
理解出来ずに
この世に迷う
自らが責任を
全う出来ずには
自らが生成した
因果から
解放されることもなく
自分は、誰かや、
何かのことを
思っていたんだ。
それの悪いのか?と
自らの底を露わに
ゆきつ戻りつ
この世で今、
迷っている姿を晒す。
多くの人の目には
釈迦の掌の上で
行ったり来たり
焦れて迷っているように映る。
何をやればいいか
何を試みたらいいか
答えや、すべきこと、
光に照らされた道が
示されている世界で
自業自得の業に
罪の報いの因果に
囚われ絡まって
自らが、責任を
全う出来ずに
果たせずに
自らが、邪念や欲に
呑まれ、責任転嫁して
自業自得
因果応報なだけの
この世界で
誰かが、こうすれば
その誰かも、
自分も救われるのに
どうして、
それが理解出来ないのか?と
誰かに対して
思ってしまっただけでも
自業自得の業の
罪の報いの因果に
囚われ絡まり憑かれて
自らが、この現世で
独り、さ迷うことに成るのは
己だけ。
なのに、
自業自得
因果応報に
他の誰かも自分のような
思いを抱えて、
迷っているように思えてしまう。
自分自身が
人の弱さに加担して
今の自分が、
誰かに施して欲しいことを
自らが、他者に施して
他者に、優しく接してみせて
恥や道理から
目を背けずに
自業自得の業に
罪の報いを背負えたら
飢えて渇く
ひもじさに、焦れて
泣きながら憤る、
我慢覚えることもない。
恥や道理から
目を背け
自業自得の業に
罪の報いを背負い切れずに
自業自得
因果応報に
自らの因果に
囚われ絡まり
この世界に
彷徨ってゆく。
飢えて渇く
ひもじさに、焦れ
太陽に灼かれ
風雪に吹かれ
旅をする。
一人の道中
一人、何かに、耐えながら
一人、この世界を
一歩一歩、自ら歩む旅をする。
道中、
自分とは違う
他者に出会っては
眩しく感じ
奇異なる出会いも
楽しく感じ
賑やかさにホッとして
他者と云う
人をもっと
知ろうとしてみては、
自業自得
因果応報
今の己の業に性、
今の貴方らしさが
顔を出す。
どのように見て
どのように思い
どのように感じ
どのように接し
どのように生きる人なのか。
今の貴方らしい在り方。
貴方と云う人の底を
自分自身も
露わにしながら、
他者と云う人間の底を
自分だけが
気付き、知ってしまったように
思ってしまっては
自業自得
因果応報に
自らが助長させた
己の因果に囚われ
絡み付かれては
どのような在り方
どのような生き方
どのような業を背負い
どのような有り様で
今、この世界に
生きているのか。
行ったり来たり、
ゆきつ戻りつ
さ迷って
己の心、定められぬ内は
自業自得
因果応報の
己が因果を
背負い切れず
自らが業の責任を
全うすることも適わず
誰かや何かに
救いを求めてしまっては
自ら流され
この世に迷うことを
選びつつ、
自ら、迷子に成っては
焦がれ灼かれて
泣きながら
他者に向かって
憤ってしまっては
自業自得
因果応報に
自ら因果に囚われ
絡み付かれて
泣きそうな顔して
他者に縋り乞うてみせては
なんで、
思うが儘に、
ゆかないのか。と
自ら縋りついた
他者にあたって
貶め蹴落とすような
未熟な精神を
己自ら露わにしてしまっては
自業自得
因果応報の
因果に囚われて
何に絡み付かれて
何を背負っているように
感じてしまうのか。
人目を気にして
針の筵を背負っているように
感じてしまうのも
自業自得
因果応報
実際、周囲にいる人が
貴方のことを
どのように見ていようとも、
貴方が、針の筵を背負って
いるように感じることには
一切、関係のないこと。
自業自得
因果応報
誰かや何かに
何かしら、
責任転嫁して
自らが背負うべき
業を自らが今
背負う努力を怠れば
自業自得
因果応報、忽ちに
何かが、貴方を襲い
貴方を呑み込んで
貴方の足元を掬い
貴方積んで来た諸共
貴方が、
行きたくもなかった処に
貴方を攫ってゆくだろう。
因果応報に
どのような因果に
囚われているかを
自ら、露わにする程
因果は絡まり付いてゆく
この世での
出会いに救われず
この世での
出会いに苛まれるも
自業自得
因果応報。
この今生にて
自らが、業に因果から
解放されるには
自らの、業に因果を
当たり前に
背負って今を
生きれているモノだけ。
理解出来ない者は、
誰かや何かに今
何かしら
責任転嫁しようと
試んでいる。
泣き出したい思いで
己に絡み付く何かしらから
逃れることを願い
誰かや、何かに
縋り、乞うては
泣きながら憤り
自らの業の罪の報いに
呑まれるように
絡み付かれて
己の因果に囚われる。
自己責任
背負い切れずに
自らが責任を全う出来ずに
自ら果たしてゆけずに
己を挫けば
忽ちに、呑み込まれ
自ら因果に囚われる。
誰のせいにも
出来ないことが
誰かのせいに
成るように
感じてしまう貴方が、
その想像に、
心を煩わせる因果に
囚われてしまうのは
自分のせいに
成るように
感じることから
誰かが救い出してくれることを
望んでしまっているからかもね。
自らの底を
自ら晒して
誰かに、そのように
思われることを心外と
他者への憤りを
ウッカリ、
抱えてしまう人も
自らが因果に
ウッカリ囚われて、
自分だけの力では、
直ぐに、
抜け出せなくなって
いるだけなのだろう。
絡み付こうとすれども
個々の因果は、絡まらず
だからこそ、憐憫を
人は、それぞれに
覚えるのだろう。
一人一人が
そんな想いを抱えて
一人、この世のソコに在る。
ソコから、
どのように、生きるかは
人それぞれ。
人それぞれ
千差万別。
どのような
有り様も尊く
一人一人が
抱え背負っている
それまで培いし業に
因果も貴く眩しく
個々を輝かしている。
出会いに救われるも
出会いに苛まれるも
自業自得。因果応報。
己自身のソコを
自ら晒すだけ。