他人に向かって、
自分は
こう思っていたんだ。と
主張してしまうことは
哀れなり。
言い訳のように
だから、どうのと
乞い、すがり
救いや赦しや
助けを求めてしまうより
何故に、どうして
自分が、何を、どう
思っていようとも、
己の内に納めて
己自らが、目を瞑り
黙し、堪えて
他者を敬い、尊んで
礼を尽くせていたならば、
焦れてしまうは
過去のこと
自身が、あの時
内心、何を、どのように
思っていたかなんて
思い出すだけ
己の未熟な、拙さ
幼稚な、有り様が
滑稽にも
透けて見えては、
思わず、愛しくて
慈しみの心を
自ら、育み積むことが
ただ適うだけのこと。
誰かに、
自分のことを
知って貰いたくて
己の都合、事情
抱える想いや気持ち
主義主張を訴えて
救いや赦しや助けを
求めてしまえば
沼にハマって
抜け出せずに
独り勝手に
己自身をあらゆる面から
傷付けるばかり。
人生の何処かで
事の起こった後に、
なんで、
こんなことを…と
貴方の都合や事情
抱えていた想いや気持ち
貴方の立場からの
主義主張を
聞いてやるから。と
言ってくる者との出会いは
たくさんあるだろう。
だけれども、
貴方の言い分を
聞いてやる。と
聞いてやって
納得出来るものならば
自分が貴方を
助けてやる。等と
口にする人に、限って
誰も彼もが
自分に言い訳を
してくるんだ。と云う
エゴを主張する。
寧ろ、
貴方の立場の
言い分を聞いてやる。と
言ってくる人の前で、
貴方の立場からの
言い分を告げることなく
追い打ちを
かけられるように
助けてやろうとしたのに
愛想がない等と
後ろ指を指す者が
現れようとも
まあ、もちろん
そのような本性を
見れば、却って
口さがない者に
貴方自身のことを
告げずに良かったと
思うに至るだろうけれども
ソコに、至るまでにも
貴方が内心
何をどのように
思っていようとも
貴方自身が、目を瞑り
黙し、堪えて
他者に敬意を示し
礼に配慮に尽力して
生きれたならば
貴方の幸い。
また、中には
他力本願成就の心なく
例えば、
別れた相手が、
別れた相手の周囲の人に
別れた貴方のことを
悪く云うことが
許容出来ずに、
相手を飛び越した
相手の世界にまで
飛び込んで
自ら、渦中の人と成り
相手を否定し、蹴落として
懸命に、自分の善さを
知って貰おうと
動いてしまうは、
また憐れ
満たされることなく
飢え、渇き
自らが、そのような
有り様故に
誰かが、台頭してきて
自分が、他者に
穢され、貶められることを
畏れるようになってしまう。
人は、いつでも
自分自身の
この世での有り様を
肯定するように、
自らが、選んだ
生き方に、
自らが、息吹を吹き込み
力を与えるように
生きている。
自らが、選んだ生き方に
息吹きを吹き込むことが
まだ、辛い者は
未だ、己の生き方を
選び切れずに
迷っている。
どのような生き方を
選ぶにせよ
自分自身の自己責任。
誰のせいにも
出来ないし、
ましてや
誰かが、自分に
こう思わせたから
だから、自分は
こう思って
こう動いたんだ。なんて
誰かに、
知って貰おうと
してしまうのは
未だ、自ら、
何者にも、成れず、
何をも、
自らが、選んで
生きているように
思うことすら適わずに
誰も彼もが
言い訳をしてくるんだ。と
エゴを主張する人の周囲に
漂って、
自負心も自尊心も
自ら、育てることもなく
隷属的に
自分とは違う人の
自負心や自尊心
エゴを満たしてやりながら
相手に
感謝されることもなく、
ボヤかれては、
貶められて、
汚されながら
相手のエゴを満たしてゆく。
そんな貴方が、内心
何をどのように
思っていようとも
貴方自身が
目を瞑り黙し堪えて
他者を敬い
礼に配慮に尽力し
他力本願成就を
心より喜べる人に成れたなら
これ幸い。
貴方を満たす
慈しみの心が
貴方の自負心、
自尊心をも育んで
貴方自身の尊厳を
貴方自ら満たせるだろう。
焦れる想いも
知って貰いたいと
求める想いも
渇望、葛藤、
飢えも渇きも過去のもの
今、その迷いの淵に
ある者を見ても
己自身を主張せねば
焦れることもなく
知って貰いたいと
求めることもなく
渇望、葛藤
飢え渇くこともなく
ただ、他力本願成就
願わくばと思うだけ。
それぞれが
選んで進む人生
それぞれの世界が
無数に広がるこの世界。
一人一人が
選んで進む人生に
幸がないなんてことは
あるわけがない。
全ては、自分の責任。
自分次第のことばかり。