感化されるまでは
皆、怪訝に思う。
あの人は、〇〇に、
馬鹿にされて
いるんじゃないか?
あの人が、何かを、
誰かのせいに
するんじゃないか?
どこかの誰かが、
何かしらを
あの人のせいに
するんじゃないか?
誰に、何に、偏らず
率直に、物事事象に、
向き合う、多くの人々は、
また一人、散ってしまった
友の訃報を
聞きでもしたように
押し黙ってしまう。
あの人が、〇〇に
馬鹿にされることを
心配しているつもりの人は、
あの人のことも
〇〇と云う人のことも
自分より劣ると、
今、自ら、馬鹿にして
みせている人だよね。
また一人、自らが闘いに屈し
一人一人、誰もが皆、
自らの迷い、葛藤に苦悩し
闘いながら、
それらを制し、今、ソコに立ち
生きている人だ。と云うことを
自らが、闘いに屈し
コチラばかりが、今、
誰かのことを思い
心を煩わせ
こうして思い悩んでいるのに、
何故に、どうして、
これを聞く、あなた方は
コチラが、今、
心を煩わせている対象に
気付かないんだ?
コチラばかりが
こんなにも、
心を煩わせているのに
皆、無責任だから…
皆、冷たいから…
皆、薄情だから…
皆、他人事と思っているだろう
見知らぬ人であっても
一度聞けば、心の深くにまで
刺さった、悲痛な声は
いくら耳を塞ごうとも、
繰り返し、繰り返し
幾度となく、心の内に、
響き渡る。
ソコで、何も
出来なかった人の
贖罪にでも
なってしまったように
最初は、そんな苦悩を
抱えている人を
怪訝に思いながら
自身の心の響いた声に
同情してしまっては
個々の内で、新たな課題に
向き合うように、
個々の闘いが幕を開ける。
自分一人だったなら
気付くことは
なかったかも知れない
新たな課題。
そんなこと
気にせぬように
そんなこと
考えぬように
生きてこれていた筈なのに
そこに至る迄
自分がどれほどに
守られ、生きて来たのかと
思えるだろうか。
ソコに至る迄
このような苦悩があるとは
教えてくれてなかった人は
こんな苦悩があるとは
知らないんだろう。と
思ってしまうのだろうか。
悲痛な声を上げる人を、
怪訝に思って
対岸の火事を見る
ただの野次馬で居たならば
何故に、そのような状態に
至ってしまうのか
自ら、火の元、取り締まれずに
他所の誰かも
このようなことを
言っていた。と
あなたを、支え
生かしてくれていた人を
あなたは、呪う。
人は、どんな催眠状態に
陥ろうとも
自分がしたくないことは
自分にさせないんだってさ。
他者は、あなたが、
何が、出来るかを
見ているだけではなく
あなたが、何をする人で
何をしない人なのかも
皆、見ているんだよ。
あなたが、今、
呪いを浴びせ
だって、あの子が…と
云う様を、
あなたが、救いを求める
相手ばかりではなく、
そのあの子も、
その瞬間は、
あなたよりも、大人に成って
あなたが、何をする人で
何をしない人なのかを
見ているよ。
あなたが、何かをする人で
他の誰かにも、その何かを
して貰おうとする様も
今、あなたの前で、
何をしないことを選びながら
一度聞けば
心の深くに届き刺さり
繰り返し、繰り返し
岐路に導かれながら
人は皆、個々に闘う。
個々に迷い、葛藤し
苦悩しながらも
今、自らを制して、
他がために配慮し
笑顔を浮かべることが
出来る。
世の中には、
自らが、闘いに屈しては
貪るようになり
他者の配慮も
それの何が配慮だ。
コチラが求めるモノは
そんなものではないとも
気付かぬクセに。
まともに配慮されたなら
コチラが今
こんな気分である訳がない。と
今、闘いを制する者へと
絡みつく。
どこまで
気取った仮面を被れるか
化けの皮を剥いでやろう。と
何を人の本性と
己が信じてしまうのか。
何かをする者を欲しては、
何かをしない者を
認めることが出来ないまま、
自らを制することは適わず
何かをしない選択なんて
コチラには出来はしない。と
他者を呪ってしまっては
とうに剥がれた己の仮面を
自ら、擲ち
尾っぼを見せて、
その尾っぼに
己自ら、火をつけて
根性比べと銘打って
何かをしないことを
選んでいる者に絡みつく
そのような者を
呪った瞬間に
その同朋に落ちることを
知っていても
他者を呪う者が現れるのは
元々の性分なのか
ソコに至るまでに
何を自身に赦して来たかの
自業自得なことなのか。
何かをしないことを選び
他者を呪わずに
生き抜く者は
心の深く
上辺には見えないところで
深く繋がり生きている。
呪ってしまえば
見失う。
求めてしまえば
見損なう。
自分に偏れば、
自ら、ブラックホールに
成ってしまう。
制することが
出来るのは
身を削る
犠牲や生贄、
供物等ではない。
そんなモノで
制することが適うモノように
扱ってしまえば
自業自得
因果応報
イザと成った時
己を制することは
適わない。