女性に
暴力を振るう人が
母親に対して
遺恨を抱えていると
言われるのは、
当人が、
今、相対する女性に
牙を剥き
相手が
どんな女性か
決めつけてかかる瞬間に
当人が
ソコに、至るまでに
関わり付き合い
当人の身近に居る
女性の有り様に対しての
不平、不満迄
今、自身が相対する
別の女性の有り様から
目を逸らし
どうせ、女性なんて
皆、同じであるかのように
捉えることにして
普段、自身が
他の女性に接しながら
堪えていることまでもを
自身の所有物で
自身が何をしようとも
憐れみ、慰めてくれて
支配出来ているように
感じさせてくれる
相手に対して
弱音、弱気
泣き言を
泣きながらも
憤っているフリをする
泣くのを堪えて
憤ることを
癇癪と云うのにね。
癇癪を一度
起こしてしまうと
立ち直ることは
難しい。
相手に、憐れみ、
慰められて
理解され
赦されようとも
それが、また
情けなく、
自分を惨めに追いやって
自分自身を
追い詰めてゆく
一人立ち出来ずに
責任転嫁しては
相手を糾弾してみせて
相手に何かを
求める姿は
自分が迷子に成りながら
迎えに来る者を
責めているようで
自らが、
自業自得 因果応報
人目に晒されては
自分が迷子に成りながら
人目を気にして
強がっては、
己自らが、人前で、
自分に対して
従順な態度でいる相手に
責任転嫁し、憤り
格好、体裁
体面を守ったつもり
だったのに
何故だか
落ち着くことが
適わずに
自業自得
因果応報に
ソワソワする。
一つ荷を
目的地まで
責任担って運ばずに
自分本位に
自意識過剰に
自己中心的に
自己主体に
今、自分が
相対しているモノに
キチンと目処まで
相対せずに
今、自分が
どんな相手と
相対して、
自分が、相対している
相手の前で、
どのように
振る舞っているかを
他者に
どのように見られ
どのように捉えられ
どのように思われるかを
気にして
今、自分が
相対している相手ではなく
自分のことを
どう捉えるかも
分からない
今の自分との関係が
曖昧で
今の自分の状況を
知らぬだろう他者の前で、
格好をつけてしまえば
自ら、気も漫ろに
迷子に成りながら
虚勢を張って強がって
本来ならば
違う接し方をすべき
従順に接してくれる
相手に責任転嫁して
憤ってみせれば
自らの体裁
体面、世間体を
尊厳を
己自らが、
へし折ってしまうことを
相手に甘え依存し
相手が、自分の気持ちや
立場を汲んで
赦してくれたなら
何かを
取り返せるように
思ってしまう人は
直ぐに、また
自ら、迷子に成ってゆき
自らが、ずっと
支えられ、寄り添われ
理解され、
赦されてきたことにも
感謝出来ずに
それすら自ら
怨めしく思っては
そんな慈悲より
違う慈悲をかけて
欲しいのに。と
貪れば
子泣き爺のように
自分に優しかった人に
ノッかかり
やがて押し潰してゆく。
押し潰された相手は
何も求めず去ってゆく。
何も求められずに
去ってゆかれるからか
それが、また
自業自得、
因果応報
相手に向き合うことよりも
そんな相手の前で、
自分がどう振る舞うかを
見守る第三者の視線を気にして
強がって、
格好をつけたつもりでも
情けのない
慈悲のない有り様で
体裁、体面、世間体
格好がつく訳もない。
自業自得
因果応報に
独り、この世に
迷子に成って
誰かや何かに
救いを求めても
救われることはない。
十分に目をかけられ
十分に尽くされ
十分に愛されたことに
足りること適わずに
もっと、もっと
自分が欲しいものを
与えてくれていたなら…と
思ってしまえば
迷いの中
自業自得の因果から
抜け出せもせず
この世に生きる
誰もが、等しく
闘っているモノと
一人では
闘えないように
思ってしまえば
迷いの中
優しく手を差し伸べ
寄り添おうとする
新たな相手と出会っても
因果、柵を
打破する
キッカケにすることも
出来ぬまま
相対する相手と対峙し
一人で向き合うことを
不得手としたまま
自分本位
自意識過剰
自己中心的
自己主体に
誰かと相対する自分を
他の誰かが
どのように見て
どのように捉え
どのように思うのかに
気を逸らしてしまっては
体裁、体面
世間体を気にかけて
格好をつけようと
してしまえば
情けのない
格好のつかないことを
己自らしてしまう。
誰のせいにも
出来ない
自分自身の今の有り様を
自らが今
相対すべき者と
相対せずに
目を逸らし
背中を向けて
相対する相手を
見ようともせずに
憤りをぶつけてみせて
自らが、相対する
目の前に居る者と
出会いに遭遇することもなく
自らが因果
柵に囚われている様を
衆人環視の前で
格好をつけたつもりで
誇示してしまう。
狂おしいだろうし
悔しだろうし
情けなくて惨めで
自分のことを
今、救ってくれる相手が
憎らしく感じてしまっては
自分が自分を苛んで
自業自得に苦しめて
その因果応報から
どうしたら抜け出せるか
分からない
迷子に自ら成ってゆく。
自分自身の問題を
他者に責任転嫁せず
自ら背負ってゆける者なら
他者を自分の創造した
型に嵌めようと
自らがしないことをもって
己自らを
もっと大きな枠組みの中へと
納めてゆけるように成り
自らに不自由を強かず
自らを孤独に追いやらず
生まれ出た
この世界に
解放してやれるだろう。
それが出来ないことに
甘んじて
それが出来ないことを
他者のせいにすれば
直ぐに、
迷子に成ってゆく。
負けずに
負けず嫌いを
上手に発揮して
何に脅かされることも
ないように
傷つくことを畏れず
今生を自らが担い
生き抜いてゆけるように
一人一人が
頑張っていることを
自分が疑えば
自分が迷子に
成ってゆくことを
忘れずに
自らが、気をつけて
生きてゆけたなら
自分を惨めに
追いやってしまうような
真似くらいは
自分にさせずに
生きてゆくことが
適うのではないかしら。
自分が
背負うべきモノを
責任転嫁したいと
思っている者には
最初の一歩すら
責任転嫁してしまい
今、進むことも
這い上がることも
難しいだろうけれども
この世で
生きる限り人は皆
必ず
自らが、選び
定めることに
自己責任をとって
自ら、傷つくことを
畏れずに
一歩を踏み出してゆく
そうして
それぞれの人生が
綴られ始めてゆくんだろう。
いろんな人の物語
伝記を知れることは
とても、心強く感じる。