王様の耳は驢馬の耳 | 王様の耳はロバの耳

王様の耳はロバの耳

普段口には、しないで
済んでいることを
こっそりと、呟いて…

人は、誰もが
愚かしくも、
あまりにも、簡単に

与えられ具えていた、
徳や尊厳を自ら失くし
迷ってしまうことを
私が忘れぬ為に書く
普段は口にしないこと。


人は、皆
生きている。
 
自分の意思に
関係なく動く
心臓等のように

この人生を
生きぬくために
自分の意思に
関係なく
働いているモノがある。

気付かない人は、
気付こうとはしない。

自分自身の足元や
自分自身の真の姿
自分自身の有り様から
目を反らし

自分とは違う何かを
見ているつもりに
なっている。

自分自身が、今
この世界に
見出すのは、

自身に内在する、
自分自身が
同情、共感出来、

この世界に
存在することを赦し
認めることが出来る、
 
自分自身が
許容し、肯定出来る、

自分自身だったならば…と

自分自身の
今の其の有り様を
浮き彫りに

この世界に
自分自身が
投影し

今の自分自身の
有り様を肯定し
 
自分自身の尊厳を
拙くも不器用に
護りながら

どうにか
こうにか

今をそのように、
生きている。

自分自身の
其の有り様を

この世界に
そのように映し出し

今、そのように
この世界に
存在している

自分自身の有り様を
誰もが皆
大なり小なり

誇示するように
生きている。

儚く脆く
健気にも映るし

たどたどしくも
不器用に
 
誰もが皆
一人、一人が

今、この世のソコにて
そのように
自分自身が
生きていることを
 
赦し認め
肯定しながら
生きている。

この世の
何処でだろうとも

自分自身の選択、
其の有り様に
自己責任を担えぬ
行いを

自分自身に 
させでもしたら

自ずと、
自分自身の
足元はグラついて

自身の寿命でも
すり減らしているような
生き様を
自ら晒してしまうのだろう。

其の都度
其の都度
試されるだろう。

この世界の現実に
縋り獅噛みつくように

何を貴方は今
この世界に見出す人か。

貴方の其の後の
有り様を

貴方が、歩む、
其の世界を分けてゆく。

貴方の有する
身体がどのように
今、この時を
生きているか

不浄に
恥を知ることが

今生での貴方の
自負、自尊、尊厳、
揺るぎなく

どのように働き
生きているかを

貴方の今を
其の有り様に
気付ける機会が
訪れる。

自分自身の
今の有り様から
目を反らせば

忽ち、足元は
グラつきだして

貴方の進む世界を
二分してゆくだろう。

ソコから先、
この世界で
どのように
貴方自身を生かすのか

人は誰もが皆
赤裸々に

どの道を
自らが選んだかを
赤裸々に誇示しながら

この世界を
生きている。

気付けなければ、
気付こうとせずに
目を逸らせば

自分自身の
この世での
自負、自尊、尊厳を
幾度も

自らが劫かしてしまう。

まるで
霧の中を
手探りで、
彷徨っているような姿を
自ら、晒してしまう。

貴方にも
誰かを救けたくて
誰かの役に立ちたくて
誰かを護り導きたい時が
巡ってくるだろう。

其の時
そんな相手を前に
どのような道を
貴方自身は示すのだろうか。

様々なモノに
触れながらも
揺るぎない真を携えて

この世での
一時、一時、
瞬間、瞬間の
興を愉しみ

心身共に
一度の人生、
この一生を
何があろうと
生きぬいて

貴方の人生を
丸っぽ、

貴方自身が
救い出す。

貴方自身が
この世界で見出す
全てが

この世界に
存在することを
貴方自身が
認め赦し肯定し
享受してゆくことで

貴方自身が
救われてゆく。

貴方自身が
誰を何を否定しようとも
誰も何も
この世界に存在している。

貴方が、どう
躾けられ
何を守り何を破り
生きているかを
告げるだけ。

貴方が
躾けられ
守っていることを

他を羨み
嫉妬して
我慢を
覚えるようになれば

他者をも
貴方のように
染めたくなって

貴方が
躾けられた
何かを破ってゆく。

貴方は
躾けられた
全てを
守り務めることが
出来ている人ではない。

そんな貴方自身を
貴方が、赦せず
認めることが出来ずに

貴方が
破っていることの
代償行為のように
貴方が守っている何かを
誇示してしまうだけ

貴方は、未だ、憐れだ。

貴方の自負、自尊、尊厳は
貴方の有り様に依って
グラついたままだ。

貴方が
躾けられたことの
何かを守り
何かを破っているように

他の誰かも
当たり前に
躾けられたことの
何かを守り
何かを破り生きている。

躾けられたこと
全てを守れることの
有り難みに触れながら

目を逸らすように
躾けられたことの
何かを破ってしまう
貴方が

そんな貴方の
有り様を肯定するように

貴方が我慢してまで
守っている何かを
怠り破る人を見出しては

貴方自身に
フラストレーション
鬱憤、鬱積、
我慢を強いて
貴方を苦しめてしまう。

貴方が、守り
貴方に出来ていることを
誰かに誇示して

貴方のように
貴方が、守り
貴方に出来ていることを
他者に強くことを

誰もが、習い
躾けられることだ。と
胡座をかくのは
愚かなことだ。

何を、習い
何を守り
何を破るかを
選んでゆくかは

その時々
その個人に依って
違って当たり前だから

他者の存在、
他者のこの世での
有り様を認め、理解し
赦せずに

自身の首に枷を嵌め

自身ばかりが
この世で
躾けられたことを
守っている者で
あるかのように
振る舞えば振る舞う程に

貴方自身の足元は
グラつき
貴方自身の
首が締められてゆく。

個々の世界
個々の人生
自業自得
因果応報

全てが
因果なことばかり

有り様が
全て物語る

赦せぬ何かを
他所に見出すうちは
浮かばれず
己を救うことも
儘ならない。

境界を彷徨う間
意思なく働く
心臓のように
無意識に、

人は誰もが
不器用にも
今、ソコを生きようと

何かに縋り
獅噛みつくように

ソコに在る
自分自身の有り様に添って
自らの眼前に
何かを見出し

自らが、それと
向き合い対峙し
闘うように働き出す。
 
どのように
超えるかを試されて

殻を破れるかを
試されて

一人で
生きてゆけるように成り
誰かの支えと成り

他所と自分を護り
救えるように
今、この時を
生きてゆけるかを

今の貴方も
今、貴方に
相対する人も

それぞれに
今の有り様を
自ら、試しながら

その時、その時を
それぞれに
生き抜いてゆくのだろう。