実の毒父(昭義)から受けてきたこと

実の毒父(昭義)から受けてきたこと

実の毒父(昭義)に幼いときから受けてきた理不尽な出来事を皆さんに知ってほしく、ブログという形で晒していきます。名字は伏せ名前のみで。

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休みの日は。。

朝6時頃に出かける
午前10時頃、帰宅
午前11時半頃にもう一度出かける
夕方6時半頃、帰宅

月曜・火曜ほぼこのような感じです。


ここ最近は競艇か図書館に行き休みが終わるようです。

図書館はタダで本が読める&居られる。
競艇は元々ギャンブル好きだったので趣味として。



休みの日に何をしようと勝手ですが、
できれば家のことを何か一つでも手伝ってほしいというのが家族の願い。

手が空いているなら手伝ってもらいたい。



昔からでした。
相手のために自分の休みを費やしたくない父…


・小さい頃から体が弱かった私。
日常で喘息の発作も多かったのですが病院に連れていこうとしない(だいだい舌打ち&体が弱いのが悪いと怒るなど)

・入院も多くしてましたがお見舞いなんて絶対来ません

・幼稚園から高校まで、出向かなければいけない行事は無視
(入学式・卒業式・授業参観・運動会など)

・家の外…春~秋は草むしり
     冬は雪かき(雪の多い所なので)
家購入後、一度も手伝おうとせず、
「そんなの女がやるもんだ。男がやるなんて恥ずかしい。それに疲れてんだよ。そんなの普通やらせないだろ」よくこのように言います。

・家の中の物が壊れようと何しようと、見て見ぬフリ
(東日本大震災で家中の家具が倒れた時、
家族総出で戻しているところを「大変だな~」などと言いヘラヘラ笑い何もしないで見ている)
(水道管の劣化による水漏れ・電気がつかない(蛍光灯ぎれ)・テレビが壊れるなど…直さず放置)

他人のためにも断固拒否
・震災時。近くに住んでいる親戚の家は断水状態。水を持って行こうとしたら「なんで持ってかないといけないんだ」と嫌な顔をし、行かない。




昔は家族の中で車に乗れるのが父だけだったので緊急時は大変でした。(主に病気関係で…)


舌打ちし怒り、
「俺の休みにそんな予定はない。行くなら勝手に行け」

ということをよく言われ…
タクシー・徒歩・バスを主に使いました。


田舎なので病院が遠く、着くまで時間がかかりました。
行くまでの道のり母の悲しそうな顔、幼子ながら見てて辛かったです。


今でも覚えているので相当強く刻まれたのかと思います。


祖母が緊急入院しても疲れてると言い行きませんでした。



休みの日(仕事から帰宅し家で休んでいる時も含めて)の過ごし方、もう少し周りのためにも使って欲しいです。


父と同い年の叔父には、
「もう、この年になると性格は変えられないから手遅れじゃないかな」

と、言われました(´`:)


ずっとこのまま…

父は自分中心に考えて生きていくのでしょうか?