実の毒父(昭義)から受けてきたこと -2ページ目

実の毒父(昭義)から受けてきたこと

実の毒父(昭義)に幼いときから受けてきた理不尽な出来事を皆さんに知ってほしく、ブログという形で晒していきます。名字は伏せ名前のみで。

父は今年59歳になります。


幼かったので覚えていないのですが
祖父の話によりますと…
以前はパティシエとして某ホテルで働いていましたがクビになり退職。



その時、私達子どもは幼稚園&小学生…



母方の祖父母が来、父母と4人、この先どうやって生活していくのか話し合ったようです。


まだまだ、私達にもお金がかかる時期。


話し合いの結果、急遽母は働きに出ることになりました。


父は母が働き始めたので安心したのかそれから数ヶ月仕事にも就かず家に居ました。


父には貯金がほとんど無く、
家のローン返済、光熱費、食費、私達にかかる様々な費用。
すべて母が稼ぎ、てんてこ舞いになりながらやりくりをしたそうです。


親戚に借金も、したそうです。



この時のこと少し私の記憶に残っており父に…「母は働いているのに毎日何で家にいるの?」と聞いたことがあります。


あの時、聞いただけなのに…


「なんで子どもにそんなこと言われなきゃならねぇんだ!じゃあお前が働いてみろよ!ふざけんじゃねぇぞクソ!」
と、怒鳴られました。



そんなに悪いことを聞きましたか?



その後、職には就くことができましたが…
数ヶ月ですぐ辞めました。


そして仕事→辞める→仕事→辞めるを何度も繰り返しました。





その後、今の仕事(パート)に就きましたが、何故パートにしたのか?
正社員になり頑張って家族を養っていこうと考えなかったのか…


案の定、他の家庭より生活が厳しい。

お小遣いなんて当然なし。


母は朝から夜まで働いているので家に居なかったのですが父は夕方には居ました。
父にお小遣い欲しいなんて言った事もあります。


「毎日お前たちのために働いてやってるのに、なんで小遣いなんてあげないとならねんだ!働いてもらってるって喜ばないといけないんだぞ!俺は働いてやってて偉いんだ!尊敬しろ馬鹿が!」

と、このような感じのことを言われていました。



親が子どもを育てるために働くのは当たり前のことだと思います。



子どもながらお年玉やお盆に貰ったお金でやりくりしなければいけなかった悲しみ。


お菓子やオモチャを我慢しても学校で使う鉛筆やノートなどに出費し貯金が減っていく悲しみ。


ちゃんとした職に就いた父だったら良かったのに…パート職が悪いわけではありませんが…


でもさぁ(モヤモヤ)……


と、今でも思ってしまいます。