"ほぼ乳癌"宣告を受けてからの2~3日間...
感情豊かで自分の気持ちが全面に出てしまう妻は、誰が見ても「この世の終わり」のように見事なまでに落ち込んでしまい、これからどうするかを話し合うことなんてできない状態だった。
僕は一刻でも早く妻に手術を受けてほしかったが、それは妻の左胸が無くなってしまうことを意味し、妻の気持ちを考えると言葉が詰まり妻のことを抱きしめることしか出来なかったのだ...
そもそも手術してどうなる問題なのかも、まだ分からない状況であったが、先生からの受け売りである「比較的早期発見」の言葉を広義の意味としてあらゆるポジティブな表現に変換して、繰り返し妻に語りかけたのだが、妻の表情からはどの言葉も心に響いていないことが明白に読み取れた。
身内や親族は"子供のために"、もしくは、"僕のために"、手術を受けて生きることに全力を尽くしてほしいと妻に懇願していたのだが、僕自身は結局一度も妻に懇願することができなかった。
恐らく僕が妻の立場で同じことを言われたら、
「そんなことは分かっとるわ!!!気持ちの整理ができないだけじゃ!!!ボケ!!!」
と間違いなく思ってしまうだろう。
誰よりも子供のことを愛している、夫想いの妻も間違いなく同じ気持ちだと感じたため、手術を進めること自体が愚問だと思い、どうすれば妻が前向きに進んでくれるかを死ぬ気で考えたのだった。
そして僕の出した答えは、「妻の想いを妻自身で語ってもらう」ことだった。
妻の話に耳を傾け"話を聴く"ことに徹して、妻が納得するまで、妻の胸のなかに詰まっている言いたくても言えない本音や溜まっているやるせない気持ちを吐き出させることに努めた。
おそらく妻は、"ほぼ乳癌"宣告を受けたあの日、生きるためには手術するしかないんだと理解して、左胸を失くす覚悟を決めていたのではないかと僕は本能的に悟った。
だからあれほど落ち込んで、あれほど涙を流して、妻なりにこの状況を受け止めて、前に進もうとしていたのではないかと当時の僕は感じたのだった。
いつかこの件について妻と答え合わせをできる日が来ることを心待ちにしている。
その時、僕は妻に「一人の人間をこんなに愛することができたこと」を白状して、愛する喜びを教えてくれた妻に感謝の気持ちを伝えたいと思う。