スポーツ男ののほほん魂

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「運動量が多いし、ポジショニングもいい。それに動き出しが早いから、パートナーとしては理想的だ。いずれにせよ近いうちに、フランス代表の中心になるだろう」
 ティエリー・アンリは、にわかに存在感が増したその若者をこう評した。
 カリム・ベンゼマ。弱冠19歳のストライカーは、後半から出場したEURO2008予選のフェロー諸島戦(10月13日、トースハウン)で2得点を挙げた。初先発を果たした4日後のリトアニア戦(ナント)では、ゴールこそ決めなかったものの精力的に動き回り、数多くのチャンスを作り出した。
 アンリとペアを組むストライカーは誰がベストか。ダビド・トレゼゲもジブリル・シセもニコラ・アネルカも、なぜかしっくりこない。誰も解決できなかった難問の解答に、ベンゼマは急浮上した。
 だが1ヶ月後のモロッコとの親善試合で、初めて1トップを任されたベンゼマは、前線で孤立しプレーに精彩を欠く。そして再びアンリと2トップを組んだ5日後のウクライナ戦(キエフ)も、相手の厳しいマークに手を焼いた。今季ここまでずっと好調を維持してきた彼も、流石にコンディションのピークは過ぎたのだろう。
 ならばベンゼマは、EURO2008でフランスの切り札になり得るのか?
 地元フランスでは議論が高まり、期待と不安が交錯する。そもそもカリム・ベンゼマとは、いったい何者であるのか。
 今シーズンに入ってからの、彼の活躍は目覚しかった。スタートダッシュに失敗して黒星が先行し、一時は12位まで順位を下げたリーグ6連覇中の王者リヨンが、首位に返り咲く原動力となったのがベンゼマであった。
 初めてチームがトップに立った第9節までに、彼は9得点を挙げている。メツ戦のハットトリックを始め、リヨンの総得点の半分を叩き出し、攻撃の構築にも幅広く絡む。ストライカーだがイメージはむしろジネディーヌ・ジダンに近い。レキップ紙やフランスフットボール誌の選手採点でも総合トップで、間違いなくリーグ前半のMVPである。
 リヨン郊外のブロンに生まれたベンゼマは、8歳でクラブに入り、15歳の時に育成チームにピックアップされた。そして16歳でフランスU-16代表に選ばれる。ヨーロッパU-17選手権(’04年)に優勝するこのチームには、サミール・ナスリやアテム・ベン・アルファなど、後にフランス代表の新世代として注目される、錚々たる逸材が揃っていた。フランス版“黄金世代”でもある。
 ベンゼマもまたビッグクラブの注目を集め、アヤックスやチェルシー、マンチェスター・ユナイテッドが獲得の意思を表明。驚いたリヨンは、慌てて研修生契約を結んだ。
 だが身辺が騒がしくなっても、自身は以前と変わらぬ内向的なサッカーオタク少年であった。W杯過去3大会の、全得点者を覚えている。家ではサッカーのビデオを見るか、プレイステーションをひたすらやり続けるか。はたまたラップを聴くか。
 才能は申し分ない。しかし持てる力の50%しか発揮していない。それが周囲のベンゼマ評であった。
 ’05年1月15日、彼は17歳1ヶ月でリーグアン・デビューを果たす。その前夜、リヨンでは食事の際に、新たにチームに入った選手は全員の前でスピーチをするのが慣例だった。だが喋りたくない彼は、誰も自分に気付かないことを願いながら、隅のテーブルでじっと時間が過ぎるのを待っていた。ところがジュニーニョが、スプーンでコップを叩いて全員の注目を促す。覚悟を決めたベンゼマは、立ち上がるとこう言葉を切り出した。
「まあ冗談ですが、僕がここに来たのは皆さんからポジションを奪うためです」
 彼には繊細さと大胆さが同居していた。それから2年半が過ぎ、ベンゼマ自身が当時を振り返る。
「あの頃寡黙だったのは、自分に自信がなかったからだ。大人の世界に入って、何が何だかよくわからなかった。今は違う。経験を重ねて、サッカーではピッチの外にも世界があることはわかった。そこで仕事をしなければいけないことも」
 今日の彼は、相変わらず言葉は少ないものの、誰に対してもハッキリと物を言う。
「この2年間、僕はほとんど中盤の右サイドでプレーした。時に左サイドのこともあった。確かにそれでプレーの幅は広がったし、守備もできるようになった。監督には感謝している。だが僕の本来のポジションはセンターフォワードだ。それ以外ではプレーしたくないし、リヨンがどうしてストライカーを次々と獲得するのか、僕にはよくわからない」
 そしてミラン・バロシュやフレッジら、ストライカーとのポジション争いに勝ち、レギュラーの座を獲得したのだった。
「彼はクラブの宝だ」と、ジャン・ミシェル・オラス会長は言う。
「5000万ユーロ(約80億円)の価値がカリムにはあるが、それだけの金を積まれても彼を手放す気はない。リヨンが彼やアテム(ベン・アルファ)を育てた。彼ら生え抜きの選手たちを中心にして、チャンピオンズリーグを制覇するのが私の願いであるからだ」
 だがそれも、EUROの活躍次第で変わってくる。チェルシーやレアル・マドリーが本気で彼を取りに来た時、リヨンが抗うのは難しいからである。
「中心選手の一人にはなったけど、まだまだ学ぶことはたくさんあるし、リヨンには家族もいる。もうしばらくここを離れたくない」
 王者リヨンの中で揉まれることによって、若きストライカーは確実に成長を遂げている。高齢化の進むフランス代表がEUROを制するには、若手の活躍が不可欠である。ベンゼマが大きな鍵を握っている。