最近は10歳ソコソコでデビューする子なんて珍しくないし、幾つものコンクールのタイトルを持ってる「未成年」なんてのも居る。この間、同級生の友達が出演する演奏会のウェブ見てたら、「若手ヴァイオリニストの●●氏を迎えて」ってなってるのを発見。 って事は、同い年の僕も『若手』って事になるんだろうけど、「若手」って何だろ?

 
普通のリーマンだったら、後輩が増えて、部下も増えて、そこそこの地位に付く人も増えてきて、「中堅」なるヲ年頃なのにね。現代日本では、クラシック音楽をやってると、まだ若手のカテゴリーに突っ込まれるっぽい。


この間、某ピアニストの宣伝文句に「注目の若手ピアニスト」って書いてあるのを発見した時には、『40歳になっても若手かよビックリマーク』って、思わず突っ込み入れちゃったけど、「若手と中堅の境目はどこですか?」って言われると困っちゃうよね。


若手音楽家の登竜門である“コンクール”に挑戦出来る年齢の内は、「若手」な気がするけど、年齢制限に引っ掛かるようになると「中堅」な気もする。同じ「演奏者」って言っても、ジャンルによって「若手」の意識には幅もあるみたいで、ピアノとかヴァイオリンなんかの奏者が40歳で「若手」って言われてると『えー!』って思っちゃうけど、同じ40歳でも指揮者だと「若手」って言われても別に違和感は無い。
 

陸上競技とか大の好物で、テレヴィの中継は良く見てるんだけど、同年代の選手達が「体力のピークを過ぎて」引退していくのを見てると、長く好きな事を続けていられる「音楽」を選んで良かった・・・って思う。 けど、この間スポーツ・マッサーヂを受けに行った時の事。凝り固まった筋肉をほぐして貰いながら、マッサーヂ師の方が一言


年齢的には節目って感じですもんねー


・・・幾ら音楽の世界で「若手」と言われようとも、安心するなかれ。時はちゃーんと平等に訪れてたみたいだガーン苦笑

キャラメルチョコレート
コーヒーも自宅でドリップする時には「メーカー推奨の量」の1.5倍は粉を入れてる気がする・・・って言うか、コーヒーは殆ど飲まなくて、飲むのはエスプレッソばっかり。それもデミタスカップ4杯分をマグカップで飲む。エスプレッソはチョコレートと相性が良いので、リンツのキャラメルチョコレートと一緒に頂く事が多い。


ケーキを買うにしても、「低脂肪ケーキ」なんて文字を見ると、「ハジメっからケーキ食うなよビックリマークって思う性質なので、「乳脂肪分52%生クリーム使用」なんて書いてあるとキューンラブラブとなる。トーストは、裏面まで垂れてきそうなくらいにバターを塗るのが好きだし、お腹がいっぱいになるまで食べても満足感の無い懐石料理よりもフランス料理の方が好き。けど、肉だけは何故か、サーロインステーキよりも鶏肉。それも胸肉が好きだったりするんだけど、そんなヘルシー嗜好は例外中の例外って事で。


食べ物の好みは、音楽の好みにも繋がる所があるみたい。デジタルちっくな演奏よりも、こってりこってり濃厚に歌う浪漫ちっくな演奏が好き。斜に構えてスカした演奏よりも、エロちっくな演奏が好き。優等生な演奏よりもセクシュアルな演奏が好き。
 

先日、某超有名一流ピアニストの演奏を聴いて、その現代的な解釈にウンザリ(笑)したんだけど、そしたら無性にホロヴィッツが聴きたくなって、今日もずっとホロヴィッツ。ホロヴィッツの演奏は、聴く前から、或る箇所で裏切られる事が判ってるのに「またやってくれた」って好きになっちゃう。判ってるけど、全身の毛穴が開いちゃうくらいに嬉しくなっちゃう。大好きビックリマーク
 

そういえば、ホロヴィッツが初めて日本で公演した時は、精神科医に処方された薬が原因で集中力が保てずに、「ヒビの入った骨董品」って酷評されたのは有名な話。その薬が何なのか、先日初めて知る事に。




えと・・・僕も・・・・・・・・使ってましたあせるあせるあせる


ヘンレ版(左)とクララ版(右)

昨日は、生徒の一人(音大卒)がシューマンの交響的練習曲を持ってきたんだけど、彼女が持ってきたのはクララ・シューマン版(ブライトコップ&ヘルテル社)。音大時代の先生に、「シューマンを弾く時にはクララ・シューマン版を使いなさい」と言われて、以来、ずっとそれに従っているのだとか。


作曲家というのは、作曲した後に色々と考えが変わるもの。 クララ・シューマン版と言うのは、シューマンが作曲し、出版した後になってから直したいと思った箇所が訂正されている、いわば最終稿とも言えるものであり、こちらの楽譜の方が良い


・・・って言われたらしい。


クララ・シューマン版は、僕も一応は持ってはいるんだけど、個人的には否定派だ。クララ・シューマン版は原典版と比べると、「解釈が添えてある」って言うような可愛いモンじゃなくて、音が違ってたり、テンポの指定が違ってたり、スラーが違ってたり、色々変わってる。中には「改訂版」って言った方が良いような曲もある位。それらの差異を、「最終稿か?」と問われれば、僕の答えは、「NO」だ。参考に見る事は有るけどその程度。


音大時代の師匠、三浦捷子先生に、「シューマンを弾く時にはクララ・シューマン版よりヘンレ版よ」って言われた事が有ったんだけど、その理由に大爆笑。先生曰く

いくらあとになってクララが、「ロベルトはこう言ってました」って言ったところで、そんなのは信用ならないのよ。だってあなた、考えてみてよ。ロベルト自身は「絶対にこうだ!」って思ってたって、ゾッコン惚れ込んでた奥さんに、「ねえロベルト、アタシはここの場所はこう弾いた方が良いと思うんだけど、どうかしら?」なんて言われてご覧なさいよ? ロベルトは内心『えー!?』って思ってたって、それをグッと飲み込んで「きみのアイディアの方が素敵だね」って言っちゃうと思わない?

確かににひひ
こういう事想像しながら楽譜に向かってるとホント、面白いビックリマーク