さすがに、モルガンスタンレーの面接ブースでは
並んでおりましたが、面接官が日本人だったので
大丈夫かなって、思って並んでいたら
面接者も、面接官も日本人なのに、英語でばりばり
やっていたので、思わずせきたって逃げてしまったことも。
結果は惨敗に終わり。。翌日NYに戻っていきましたが。。
でも、あれもいい勉強になりました。。
モルガンに入って、金融危機の影響をもろに受けていたら。。
なんて、今思うと、無茶やっておりました。(受かるわけ無いけど)
その後、NYに戻って、またジョブフェアーに参加して
そこで1社、ある企業から内々定をもらうのでした。。
もともと、NYで1年くらい過ごしたら、初心貫徹で中国に戻って
仕事をする予定でした。。
でも、そこでもらった内定に心が動きます。。
ミーハー心、いっぱいで、『いやあ!NYで働いてみたいなあって!!』
『NYで働いたら、かっこいいかなあ!なんて』
そんな、気持ちが芽生えてきたのです。
内々定をもらって、すぐに国際電話でaiaiに電話をする。。
秋もすっかり終わり、枯葉が散って、冬がくるころだった。。
aiaiも、ちょっとNYでの生活にあこがれている様子。。。
でも、aiaiはkenの人生だから、kenが自由に決めて。。
私は、どこでもついていくからと!!
その後、いろいろ悩んで、これからどうするか!
NYに残るべきか、上海に戻るべきか!!
そんなとき、上海にいる友達が、メールで
上海で募集している仕事の募集内容をいろいろと
送ってくれました。。
その中に、今の会社の募集内容があって
すごく興味があって、すごくやってみたいと思って
(本当は、金融危機を予測しておりましたみたいな
ことであれば、かっこいいんだけど、まったく予測
しておりませんでしたが。。)
最終的には、上海に戻ろうと決めたのです。。
あの頃の私にとって、天津という街はなかったのですから
上海こそ、私の第二の祖国だったのです。
上海に、帰ろう!!そう決めたのが11月の終わり頃
だったと。。。