そのうちの一つ、開山堂の解体が始まりました。
5/25に解体を開始した際、むかし奉納された絵画がいくつか出てきました。以下そのいくつかの写真を挙げます。



『空也上人絵詞伝』によれば、空也上人は醍醐天皇の第二皇子として出生されるも、夜泣きの声が「あみた(阿弥陀)あみた(阿弥陀)」と聞こえるなど奇瑞が多かったので、三歳の時に鞍馬山に移されてしまったといいます。鞍馬山では、猿や鹿などに守られ育てられ、無事に成長されたと伝えます。上記の絵はそれら猿や鹿の絵を奉納することによって、我が子の無事成長を祈ったものでしょう。
これらの絵で祈られた子どもたちも、生きていたら110歳以上なので、奉納した目的もじゅうぶん果たされたことでしょう。
以下の写真は5/27。お堂は跡形もなく解体されました。


開山堂のご本尊である「空也上人像」は、しばらく他所に仮安置しています。横からのアングルは珍しいので、この機に一枚挙げておきます。

進捗しましたら続報をアップいたします。