【陰謀論】世界は1999年で終わっていた説 | 名もなきブログ

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いつの間にか陰謀めいた事を発信するようになってしまった跡地です。

ミルクティー

 

個人的にこの人あまり好きじゃないので、まともに紹介はしないが。

だいたい、よくこんないい加減な名前でチャンネル始めたよな。その時点でアーティストやクリエイターとしてのセンスを感じない。

 

まあ…youtuberって自分たちのことをアーティストとかクリエイターって主張しているが、ユーチューバーなんていうのはアーティストでもクリエイターでもないからな。

 

ただの発信者。まあインフルエンサーとは言うかもな。

発信しているのが芸能人であれば芸能人だし、素人であればどこまで言っても素人でしかない。

ただの一般人の発信者。

 

いきなり話が脱線したが、完全に壺の手先にしか見えないコヤ〇キーやウマ〇ラ、自称警察、さらには壺である証拠があるごみそんなどの壺インフルエンサーと比べれば、まだあまり政治に関与している印象がないのでマシなイメージではある。

まあ、陰謀論界隈でそこそこ無駄にクオリティの高いOPだったり、視聴率取れているチャンネルはほぼ全滅だろうからコイツもダメだろうが。

 

ちなみに結論から言うと、僕はこのミルクティー飲みたいの主張は完全否定。

 

まず「車がダサくなった」「昔の車のほうがかっこよかった」って思いっきり言ってるが、業界をディスりすぎじゃないか??

 

こんなもんにいいねが万以上つく異常。思考停止か。

ホンマにこんなアホみたいな穴だらけの説に共感してんの??

 

 

まあ、ただ車に関しては実際に僕もそうは思っている。

自分の乗ってる車も、昔のほうがデザインよかったと思ってるよ。

 

 

だが僕が乗ってる車は1999年以降に登場した車である。

ある意味で車好きは、もっと古い時代の車のほうが好きかもしれんが、僕は自分が乗っている車が全車の中でいちばん好きなデザインってだけの話。

つまり僕の好みの車は1999年より後に出ているし、形も唯一無二みたいな形をしているので、1999年以前の車のオマージュでは絶対にない。

 

 

さらに。

 

まあ僕は車には疎いので、そのくらいしか言えないが、たとえばアニメ。

このあたりの知識はそこそこあるが。

 

個人的に好きなのはシュタインズ・ゲート。いまだにこれをこえるアニメはないと思っている。

そのシュタゲが登場したのは2011年。

原作が2009だっけ??

 

1999よりぜんぜん後である。

 

ただ動画主の主張では、「アイデア的なモノ」っていう意味で・・みたいなことも言っていたな。

 

だがシュタゲのようなアニメは、それまでに存在していない。

いわゆる現実の量子力学の内容をガチでとりこんだかのようなアニメ。

 

タイムスリップ物やパラレルワールドものってのはドラえもんをはじめ、ドラゴンボールとかでもそうだし、さまざまあったが、タイムリープもの自体がそこまで昔にはあまり流行っていた印象はなく、もちろん映画で何かとあるとは思うが、アイデア的にいってもシュタゲはかなり斬新だった。

 

 

そして音楽。

僕も雑魚なりにやっている身でもあるが。

 

動画主は、なんか何でもかんでも「1999年前の焼きまわしばかり」と言ってるが、そんなことないだろう。

 

 

もちろん僕も古い人間なので、自分の青春時代の歌は好きだし、もっと昔の昭和の歌などノスタルジックで非常に良いと思っている。

 

ただ、「じゃあ現代の歌が全部そういった過去の焼きまわしか??」っていうと、むしろ新しいものもたくさん出ている。

 

たとえば最近、弟に進められてみたアニメ。

これはあとでアニメ自体を絶賛する記事を書きたいと思うが、メダリストというアニメ。

クソほど面白かったし、全編通して泣きっぱなしだった。とてもいいアニメ。

 

もちろんアイススケートという題材は、そんなものは1999以前にあるだろう。

だがそんなことを言ったら、そりゃあ新しいスポーツでも出ない限り、過去のアイデアと言われてしまう。

 

たとえば、サッカーはキャプテン翼があったから、後から出たホイッスルとかはキャプつばの焼きまわしかって言ったら違うだろう。ブルーロックはサッカーだからキャプつばのパクリか??

僕の中ではそういう話である。

 

 

メダリストの主題歌を歌っていたのは米津。

 

米津は日本を代表するミュージシャンだが、僕はもう歳のせいかあまり率先して聞いていないので、あまり曲を知らない。

せいぜい馬と鹿をはじめ、有名な曲しか知らない。

 

だが、米津の曲調。歌い方。歌詞のバランスとか響き。

そもそも歌の構成が全体的に、過去の昭和の歌と現代の歌では、かなり異なっている。

 

言葉がつまっているというか、なんていうんかな?

メロディに歌詞をあてる構成というか。

 

現代の曲のほうが、昭和の曲よりもアクロバティックというべきか。

 

これはこれで良さはある。

あまり聴かなくなったこともあり、また懐かしさや自分の青春時代の甘美な思い出っていうものが、過去の曲を神格化していることもあって、僕も当時の曲をやはり優先して上位に持ってくる傾向はあるが、現代の曲もちゃんと聞けば過去にはなかった構造のいい曲はいっぱいある。斬新なアイデアがつまっている曲など、1999年以降も出ている。

 

 

まあね。

僕も車はデザインがダサくなったと思っているが、それは機能性の問題もあったり、あとは現代に生まれて過去に思い入れがない人にとっては、過去の車よりも現代の車のほうがかっこいいと思っている人もいるかもしれない。

 

そしてゲームだな。

個人的にはやはりファミコンやスーファミくらいが至高だった。

プレステサターンくらいまでは夢中だったかな。

でもそれは自分が若かったからで、やはり思い出補正も強いと感じる。

 

今のゲームがつまらないと僕ら過去の人間が思うのは、基本的にネット接続をはじめ、DLCもそうだが、セーブデータの不自由さ。自分で管理できなくったこと。だから友達のうちにデータだけ持っていけない。

 

はっきり言ってゲームがつまらなくなった原因はそこ。

だからプレステ3あたりから魅力を僕は感じなくなった。

これは過去の自由な時代のゲームを体験してきた結果である。

 

現代に生まれた若者など、今のスイッチなどのほうがいいに決まってるんじゃないか?

 

 

まあパッケージデザインは、ぶっちゃけやっぱりファミコンやスーファミの箱のケースは至高だったし、特にファミコンのカラフルなカセットはよかったけどな。

あとはPCエンジンとかはソフトの形状はともかく、ケースはCDジュエルケース。そしてPS1とかサターンもCDのジュエルケース型。

このあたりまでは、なんとなくソフトのデザインもワクワクがあったんだよね。

 

でもPS2がトールケースを使うようになって、あのあたりからパッケージのワクワク感がなくなっていった。

もしかしたらトールケースは映画のDVDも集めていたから、それと見た目が近かったせいもあったかもしれない。

 

そこからずっとトールケース型のPS。

ぶっちゃけケースの魅力はないと思う。ワクワクしないデザイン。

 

まあ…今さら箱にするってわけにもいかないのだろうが、そのまえにディスクがでかすぎて入らないというね。

 

スイッチのケースは意外と個人的にはマシになったと思っている。

このあたりはニンテンドーのほうがやっぱり強いなと感じる。

ただスイッチはソフトが小さすぎなんだよね。ぶっちゃけゲームボーイアドバンス以上小さくしない方がいいと思うんだが。
 
 
まあ、それはさておき。
この1999年以降は、すべて過去の焼きまわし説は、ぶっちゃけただの考えすぎだろ。
 
たとえば映画も、ある段階から「出尽くした」と言われるようになっていたのは、そもそも「ジャンルという括り」で、アクションばかり作っていれば内容が似たり寄ったりで被り始めるのもあたりまえだし、だからと言って「じゃあつまらないか」っていうとそういうわけじゃない。
結局、漫画も映画も、創作作品の物語において重要なのは起承転結が似ているかどうかっていう側面だけで決まるわけではなく、物語のキャラクターの魅力。デザイン性。世界観。
もちろん世界観も、作品が作られすぎて今やオマージュが多いのは仕方ないが、そのオマージュをオマージュと思わせないセンスとデザイン性による魅力で勝負することは可能である。
「いい」と思わせればいいわけで、たとえば主題歌、BGMってのも、それに影響してくる。
 
アニメが魅力的なのは、OPの曲とシンクロした映像をみれば分かるように、アニメーターの技術とセンス、表現力がすさまじいからである。

 

音楽もそうだし「よくこんな曲思いつくな…」は、もちろん昔のほうがすごかったと僕も思うが、いまはいまで作品が溢れかえった時代に、才能あるアーティストが良い作品を生み出している。

 

 

まあ…だから、個人的にはこの説は茶番だと思っている。