愛・宇宙博、コンフォートゾーン、趣味、仕事、ベーシックインカム | 名もなきブログ

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いつの間にか陰謀めいた事を発信するようになってしまった跡地です。

「愛・宇宙博」というチャンネル

 

むかしヴォイニッチ手稿について調べていたときに見かけたチャンネルで、しばらく青汁のところにいっていたらしいが、最近退職してまた自分のチャンネルを再開したとのこと。

 

今回のテーマは、僕も彼女の主張には共感するし、個人的にもよく考えるテーマなので取り上げた。

ちなみにタイトルにベーシックインカムってつけたのは、僕の勝手な見解がそっちに行ってしまったからで、動画主はそこんところたぶん触れてないので悪しからず。

 

 

ということで、話に戻って。

 

やりたいことはたくさんあるが、現実はそんなに甘くないと自分に言い聞かせ、安定した給料がもらえる仕事に就く。

 

この「やりたいことはたくさんある」という側面と「現実はそんなに甘くはないので、無難な仕事に就く」という二面性をひとりが語っていたことに、モヤモヤしたということだよね。

 

本人は「自分はやりたいことがなかった人生だった」として、この無難な道を選ぶことを「コンフォートゾーン」というらしく、そこが本題らしい。

 

 

まあ、話をいったん戻して。僕個人の考え。

まず世の中「やりたいことをやる」って人と「やりたいこともないし、仕事は稼ぐためにするもの」っていう人は分かりやすくていいとして、なぜ上記のような考えが発生するかと言えば、「生活するためにお金が必要」という条件をクリアできなければ、なかなか「やりたいことを仕事にする」というのが難しい人もいる時代ってことだと思う。

 

 

あとは「やりたいこと」と「得意なこと」ってのもまた違っていて、「自分の特技を仕事に生かす」は可能性もあり、「特技=好きなこと」である人はそれを仕事に選びたがる人も多いと思うが、「特技=好きなことではない」って人は、あえて特技を仕事にしない人もいると思う。

そして「自分の特技が分からない」って人は、そもそもの仕事に生かす能力が分からないので、無難に給料で手堅く仕事を選ぶってこともある。

 

 

「絵が下手だけども、絵を描くことが好きなので、イラストレイターになりたいです」というのは、まず絵がうまい人よりもスタートラインは低い位置からで、特に会社に勤めるわけではなければ、そもそもの収入がどれだけになるかわからないから、こういった不安定な職業というのは、いくら好きだったり、得意だったりでも、仕事に選ばない人は多いと思う。

さらに、学生時代からそういうビジョンを持っていて、行動力と決断力がある人は、高校卒業のタイミングか、あるいは高校の段階から、そういった方向性のバイトをしたり、専門学校を希望したりすると思うし、たとえば「バンドで成功したい」みたいなものも、今はネット社会でもあるから、ステマや巨大なマーケティングを支配しているトコとかとコネがあるなら、あまり苦労せずに行ける人もいるかもしれないけど、特に昔の価値観では音楽で成功するなんて不可能に近かったわけで。

だからよく「30まで東京でがんばってダメだったら、実家に帰って家を継ぐ」みたいなこと言って上京するみたいなテンプレは多かったよね。

そういった意味で不安定な仕事ってのは、決心した時期などにもよって、もう手遅れ感を覚える人もいるのではないかな。

たとえば学生時代は迷っていて、結局は無難な会社に就職したけど、30くらいになって「やっぱり音楽で生きていきたい」とか思っても、「30からじゃ無理でしょ…」みたいになって諦めて、そのまま無難にその会社を続けていく…みたいな人も多い気がするし。

 

ただ、まあ動画内で言っているようなシェフ的な仕事ってのは、調理師学校みたいなのがあるんだよね??

ああいうのは最初はどこかで結局は雇われるのが普通だと思うし、個人的にはそんなにリスクもない気がするが。。

僕はそういった専門系の仕事であれば、現実は甘くないなどと言わずに、その仕事をすればいいと思うけど、たとえば独立したいってなるとかなり敷居は高くなるから、やはり最初はお店で雇ってもらうしかないわけだよね。

 

結局は会社に雇ってもらうのと同じで、従業員という形の人は給料が約束されているので、一定の安心感はあるだろうし、だからみんな仕事内容もみるだろうけど、それよりも給料のほうを重視する人が多いわけだよね。

どうせ業務内容なんて興味がないところに入るなら、もう趣味と仕事を切り分けてやってるって人が多いのは、そういうことだと思う。

 

 

僕は護憲派反核派だけど、改憲核武装派の知り合いがいて、彼は「職業選択の自由」があるということで、「すべては自己責任、自分で選んだ仕事。逆を言えば自分がやりたい仕事を選べる」…って言っていましたが、実際は「やりたい仕事は選べない」というのが現実だというのが上記の話だと思う。

 

厳密にいえば「やりたい仕事」っていうのを見方を変えたときに「好きな仕事」「趣味を仕事にする」などのベクトルではなくて、たとえば「好きなことや趣味では自分はいつまで経ってもきっと稼げない」と自分で考えた結果、無難に生きていくためには安定して給料がたくさんもらえる仕事に就きたい」と考えた場合、その人にとってのやりたい仕事ってのは「好きなこと」よりも「稼げる仕事」ってほうに傾いたから、そっちの「好きではないけど稼げる仕事を選んだ」っていうふうにも取れるんだよね。

 

 

つまりは「休みなく四六時中仕事漬けでも月に10万円しか稼げない好きな仕事」と「週休2日で毎日8時間労働をすれば、好きでもないし、面白くもないけど、確実に30万という固定給がもらえる仕事」があったとき、後者を選ぶ人が多いのは、、、そういうことでしょう。

 

 

まあ、、

ただ、これは屁理屈というか、動画主が言いたいのは、「やりたいことを諦めて、無難な道を選ぶのってどうなの?」ってことだと思う。

 

実際に僕の体感では、以前に同級生の集まりで「やりたいこと」「趣味」「好きなこと」そういうのを聞くと、「なんだろう…? ないなぁ…」って答える人が意外と多かった気がする。

 

みんな人生に余裕がないって感じで、「遊んでいる暇はない」「だから趣味なんてなくなった」みたいな感じ。

特に結婚している人は家庭のこともあって、子供優先の生活になってるから、自分よりも子供みたいな。

それで生活していくために、やりたいことはあきらめて、安定した仕事について、仕事漬けの人生のまま中年に…みたいな感じのヤツが多かったなぁ…と思う。

 

 

こういう人たちは、れいわ新選組、山本氏の話でも聞いてみればいいんじゃないかと思うけども。

 

 

まあ動画主の言い分も分かるんだが、「現実は甘くない」と人が思う一番の理由としては、やはり「大勢の競争に勝ち残れる自信がない」とか、「その競争がしんどくて好きなことが嫌いになってしまうかもしれないから」とか、いろいろあると思うんだけど、たとえば『10人で当たりが1つしかないくじを引いたとき、絶対に9人はハズレ』なんだよね。この当たりを引く1人になれる気がしないという感覚が、おそらく好きなことを仕事にすることを人に諦めさせる理由だよね、たぶん。

 

好きなことを仕事にしようとした結果、満足な収入を得られなくなり、路頭に彷徨うことになるよりも、好きでもない仕事でも無難に安心して生きていける仕事があればそっちを選びたいって人もいるよねってことかなぁ。

 

まあ今の時代は、そもそものその安定した仕事ってのですら低賃金ということらしいから、安定するはずの固定給のつまらない仕事でも生活が安定しないっていう地獄ね。

そして僕みたいに好き勝手やっている売れないクリエイターもどきみたいなのは、本当に収益は悲惨だし。

僕の場合は恵まれた環境もあって、なんとか生きていけているけども、やはり状況によっては厳しい人ってのは多いんじゃないかと思う。

 

そういう現実に直面すれば、まあ「現実は甘くない」って言葉が出てきてしまうのは、僕は今の経済システムの社会では致し方のないことだと思うんだが、動画主の「その言葉は使うべきではない」という気持ちにも共感できる。

 

 

しかし、一定の豊かさと便利さを社会に求めるなら、人知れず嫌な仕事や面倒な仕事をやってくれている人がいて成り立っているということを受け入れなければならず、そこに固定賃金が発生しているから今の社会が成り立っているという側面があるということだよね。

 

動画主も言っているけど、その言葉を書いた人は「やりたいことがいっぱいある」ということなので、もし「やりたいこともないから、給料が良くて安心できる安定した仕事に就きたい」ってのとは少し違うわけだね。

もし「やりたいことがある」としても、それでも自分が未来に贅沢をして生きることが目的であれば、たくさんのお金を稼ぎたいという側面もあって、その代償としてやりたいことを諦めるっていう考えに至る人もいると思うから、結構むずかしいところだと思うんだよね。

 

そしてこのあたりのいろいろな人の価値観があって、社会の仕事との関係性とか、どうなっているのかとか、いろいろ考えたりすると、意外とベーシックインカムのような共助と公助によって支えられた上に、自助によって自分でさらに自分の豊かさを追及していくシステムってのが結果的に理想だという考えに至るんじゃないかと思う。

 

 

誰もが好きなことややりたいことを追求できる社会だが、それだけでは稼ぎが不十分で、才能がなかったり、努力が足りなければ、なかなかセレブに離れないと思うから、セレブになりたいのであれば、たとえば国が給料などを保障していたりするような高給料の仕事をすればいいわけだし。

 

結局はインフレなんてのも、貧しい人が比較的まともなものを買えるようになったときに、当然供給不足になるものも多発するだろうけど、それっていうのは本来はもっと需要があったはずのものとして、そこにビジネスが生まれるわけだよね。

僕はビジネスっていう言葉が嫌いだけど、まあ需要があればお金を稼げるチャンスってことになるわけだから、そこに人が入ってくるか、あるいは既存のメーカーとかが増産することで収益は上がるわけだしね。

 

ベーシックインカムで値段が上がるって考え方って、結局はこの需要と供給のバランスが崩れるからってのが大きいと思うけど、仮にベーシックインカム適用まえだとみんな仕事にしがみついて辞めれないから、当然都合よくそこに入る労働力が限定的になるかもしれないけども、ベーシックインカム適用あとではカネより自分の時間って人は、仕事をやめたり、減らしたりする人ってのは増えると思うので、そういう中から「やっぱりもっとお金が欲しい」って人とか、「仕事を変えたい」って人が、そこに転職しやすくなるわけだから、おそらく労働不足ってのは解消すると思っている。

 

ちょっと話がベーシックインカムの方にいっちゃったので戻すけども。

 

動画主は「なぜその現実を信じてしまうんでしょうか」と言っていて、まあ…引き寄せの法則みたいなのが本当にあって、思えば現実化する世界っていうのであれば、そういう考えもあるかもしれませんが、現実問題は生活がありますからね…みんな。

 

まあ彼女も「リスク」という言葉を使い、よっぽど頭のねじがぶっ飛んだ人じゃなければ、コンフォートゾーンから出たがらないって言っているので、現実は分かっていると思うんだけど、それでも出ろっていうね。。

ある意味で、10人の挑戦者がいたら、そのなかで1つしか生存できず、残りの9つを選べば崖に落ちて死ぬ…みたいな選択しをしろって言ってるのといっしょというか。

 

世の中って、カネの総数が決まってるよね。

また、各界隈における、消費者が使ってくれるカネの総量も決まってるよね。

 

たとえば日本で1か月に音楽に使われるお金の量を考えたときに、その日本における音楽の一か月の売り上げの総量が1000だとして、生活には1稼がないと生きていけないとしたとき、音楽に挑戦している人がすでに1000人いたら、1001人目で自分が参入したとなると、誰か1人は絶対に1を稼げなくて生きていけなくなる。

さらに、みんな同じ売り上げではないから、才能があるヤツ、努力したヤツ、優秀なヤツってのがひとりで10とか持っていっちゃったり、まあ5とか2とかの人もいたりすれば、1001人中500人くらいは食べていけなくなるのが現実かもしれない。

そうなった場合、この競争に負けた500人は、別の仕事を見つけるか、借金してどん底で生きることになるか、犯罪者になるか、最悪は命を捨ててしまう可能性も出てくるわけだよね。

 

今のルールって圧倒的に自助に偏った社会なので、上っ面は民主主義ということになっているが、それは世の中の人を騙して「成功できる」って思わせることで、そういう競争心の強い人が、この絶対に全員が勝てない社会のなかで、成功を目指して富を奪い合うわけだよね。その時に必ず敗者が出現し、いまの社会で言えば生活保護とかになるんだろうけど、そこをただでカネをもらいやがってって叩くのが今の社会構造になってる。これは資本家の狙い通りで、下々で貧しい者同士で不要な争いで仕掛けさせて、分断を誘い、自分に敵対心を向けさせないための構造で、動画主の主張はいっけん光り輝いているように見えるが、個人的にはまんまと資本主義の罠にハマってるだけの、競争心の強い人間の主張そのものでしかないようにも思うし。

 

 

まあ、とはいえ、この動画主の主張はよくわかるし、それを実現して誰もが不幸にならないのであれば、僕もそういう世界であってほしいと願うんだけども、たとえコンフォートゾーンを打ち破って朝鮮できたとしても失敗することもあるわけでしょ、現実は。そしてそれはその人の人生なので、僕なんかは無責任なことは言えないと思ってしまう。

だって、たとえ好きなことであっても、それよりも無難な仕事で悪くない安定した生活を手に入れて、趣味で好きなことをして生きていけばいいやって諦める方が、確実にしあわせを手に入れられると感じる人もいて、それは人それぞれの価値観で違うんだと思うので。

 

 

ぶっちゃけ半分くらいしか見てないから、後半でどういうふうになるのかわかってないから、上記のような記事なんだけど、そのまんなからへんでは、いちおう動画主も「絵描きや小説家など一部の人しか食べていけないような職業もある」と言っていて「でも仕事にしなくてもやることはできるでしょ」って言っているので、わかってはいる模様。

 

 

まあ、そもそものモヤモヤの原因は、たしかシェフ的な仕事がしたいって話だったと思うので、僕も上記で書いたが「それくらいだったら挑戦すればいいのに」とは思うからね。

でも同時に、これも上記で書いたことだが、そのやりたいの度合いが人によって違うので、個人的には「今の社会のルールにおいて、多くの人は自分がベストだと思った洗濯をした結果」だと思っているので、それを「やればいいじゃん」とはやっぱりならんのよな。

 

ただ、動画主も「仕事にしなくてもできる」って言っていたのはそのとおりで、仕事の傍ら、趣味で挑戦しているのはアリだと思う。僕もそうしているし。

 

だが、これは同時に、ほかにやりたい遊びができなくなったりする。たとえば小説を書くのは挑戦になるが、いくら読んでも1円にもならないわけだよね。ゲームも売るために作る挑戦をすれば可能性はあるが、ゲームを遊んでいても1円にもならんわけで。

 

僕はこの消費者側というか、映画を見る、漫画を読む、音楽を聴く、ゲームをする…っていうような、創作を買って楽しむことに時間を費やす側にも、一定の価値というか、経済賛歌という意味で評価されてもいいと思うんだよね。

実際に、たくさんの映画を見ていれば、映画の評論的な仕事はできるようになるわけで。今やAIをはじめ、そもそもネットに情報は転がっているから、その映画がどんな映画かってのは、勝手に独自で調べればいいわけだけど、人間がみて感じた感想ってのは、その人でなければ答えることのできないものなんだよね。

 

まあ映画を見まくっている人が、かならずレビューするわけじゃないけど、そういうのを映画という知識をたくさん手に入れた人が、それを武器に大勢に向けていろいろ発信したり、答えたりできるっていう能力は手に入れているわけで。

 

音楽もそうだし、聴きまくれば、音楽を聴いて評価するっていう能力はつくと思うし、まあ作る側の方は売れれば儲かるのは当たり前だけど、今の時代は視聴者側ってのは「カネを払って買って楽しむ」で止まってしまって、そこから購入者へのリスペクトが少ない気はするんだよね。

 

僕も底辺ながら創作をしている身としては、やはり日本の10万人しか見てくれてない状況よりも、100万人が見てくれている状況の方が、はるかに売り上げは上がるわけだよね。それにやっぱり自分の作品を選んでもらえるのはうれしいし、創作側も国民全員が底上げされて損することはないんだよね、基本的に。

だから少数の人が圧倒的にカネを独り占めするよりも、そういった人たちは他の人たちよりもたくさんあってもいいんだけど、やっぱりある程度は分配があったほうが、経済の循環も含めて社会は豊かになっていくと思うんだよね。

 

みんな自由な時間も選択できるようになるし、犯罪も減ると思うし。

なぜか、こういった流れになるとベーシックインカム的な話に持っていってしまうので、まあこのあたりで終わっておこうと思う。

 

 

ちなみに動画の後半は全く見てないので、話が急展開したら上記の記事内容が合ってないことになるかもしれないけども、まあ、、そのときはそのときってことで。