私は人間関係に悩んでいる。
考え続ける中で、一つの違和感に気づいた。
人間関係は「思いやり」や「感謝」といったポジティブなもので続くと言われる。
だが本当にそれだけなのだろうか。
むしろ逆で、
「恐怖」がなければ続かない関係もあるのではないかと思った。
産後、私は妻の言葉が怖かった。
今日は何を言われるのか。
どうすれば怒られないのか。
一挙手一投足に気を張っていた。
それでも関係を終わらせるのではなく、
どうにか改善したいと思っていた。
時間が経ち、私はメンタルを崩した。
それでも関係の修復を求め続けたが、
結果は出なかった。
数年が経ち、心だけがすり減っていった。
なぜうまくいかないのか。
妻を信用できないからか。
尊敬や感謝がなくなったからか。
答えは出なかった。
私は何度も離婚を伝えた。
だが返ってくるのは
「それだけはしたくない」という言葉だった。
なぜ離婚したくないのか。
生活のためか。
子どものためか。
それとも別の理由なのか。
壊れている関係に意味はあるのか。
考え続けたが、結局わからなかった。
結婚したときに言われた言葉がある。
「思いやり・優しさ・決断を持ち続けろ」
その通りにやってきたつもりだった。
だが、その前提にある「信用」は、いつの間にか消えていた。
信用を取り戻す方法を探し続けた。
だが、見つからなかった。
それでも関係は続いている。
ここで違和感が生まれる。
信用がなくても、関係は終わらない。
では何がそれを繋ぎ止めているのか。
考えた結果、浮かんだのは「恐怖」だった。
関係を失うことへの恐怖。
生活が変わることへの恐怖。
この先を一人でやっていけるのかという恐怖。
私はかつて、妻に対して恐怖を感じていた。
だが今は違う。
妻に対する恐怖はもうない。
同時に、信用もない。
それでも関係は終わっていない。
一方で、妻は違う。
私の「離婚」という言葉に恐怖を感じていると言っていた。
ここで気づく。
人間関係は
信用があっても続くし、
恐怖があっても続く。
では、どちらも無くなったとき
その関係はどうなるのか。
今の私には恐怖も信用もない。
妻にそれがあるのかも、もう確かめていない。
それでも関係だけは残っている。
これは「関係が続いている」と言えるのか。
それとも、ただ「終わっていないだけ」なのか。
信用を取り戻すことはできなかった。
だが、恐怖という視点で見たとき、
別の構造が見えてきた。
人間関係はポジティブだけでは続かない。
だが、ネガティブで続いている関係を
本当に「関係」と呼んでいいのか。
その答えは、まだ出ていない。と
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