御真影を抱いて寝た銃後の夜
- 著者: 森 達也
- タイトル: 放送禁止歌
- 著者: 網野 善彦
- タイトル: 日本の歴史をよみなおす
- 著者: 島崎 藤村
- タイトル: 夜明け前 第1部(下)
トラバです。
銃後、御真影って意味分かりますかってこと!
連休明け!たまにはまともに、
今のヤングな大学生にはわからないでしょ。
学校では教わらないですからね。
日本史でもそのアタリは軽くさらっておしまいでしょ。
それと同じ事は同和教育も一緒でしょ。
依然として差別は存在してるがそれを
しっかりと教わった記憶は無い。
中学の頃、人権作文とか書かされたのは俺だけかな。
あの当時は無知蒙昧だったから「差別はいくない!」
って書いて終わりだったが今ならいくらでもかける。
しかしその後に同和教育を受けた記憶は無い。
じゃぁ何で知ってるのか?多分それは
放送禁止用語ってのに興味を持ったからだろう。
チ○コ、マ○コに並んで乞食、穢多、非人
とその意味を知ればおのずと同和というものに
突き当たる。そんなもんに興味を抱かなければ
知らないのは当たり前。まぁ言葉狩りでしょ。
井沢元彦風に言うなら言霊でしょ。
知らなければ存在しない。教えなければ
いずれ薄くなる。現に、部落という言葉を
知らない若い人は多いんじゃないの。
知らない人間にとってはそんなものは
存在してない事と同じ。親は知っていても
自分の子供にそんな事を教える事もないだろう。
これって凄く難しい問題でしょ。同和教育を
教えたからといってメリットがあるかと
言われれば俺はアルとは思えない。
人間はそんなに利口じゃないから、再び
同じ事を繰り返すんじゃないの。
かといって、教えないというのも
また問題なんだろうけど…
まぁ学校教育を当てにしすぎるのも
ドウかと思いますわな。教える教師の
思想によって少しずつ変わりますからね。
自虐史観を教われば、ヒダリな考えに
皇国史観を教われば、ミギな考えに
傾くことは仕方ないことですからね。
それに基本的に子供はバカですから
下手な教育をすれば差別も助長しかねない
でしょ。それが今の中国だと言いませんがね。
教育は難しいな~~~