サリンプラントの第三工程をウパヴァーナが、第四工程をゴーサーラが担当している。
第三工程で四塩化ケイ素を使っているので、ここから二酸化ケイ素とエタンが代謝物として生成されそうだ。
可燃性ガスが発生するとなると火災・爆発の危険性があるので、ウパヴァーナも苦労した事だろう。
第四工程ではプラントの底に塩が溜まる造りになっている。
これは酸の中和に水酸化ナトリウムを使っているからだろう。
松本サリン事件に使われたサリンは、第三工程に五塩化リンを第四工程にジエチルアニリンを使うといった洗練された方法で造られている。
しかし、プラントではそうはなっていない。
つまりサリンプラントの着工はかなり早い段階、93年末にはすでに始まっており、麻原が70トンのサリンの製造を命じたのはさらにそれよりも早い93年の秋ごろという事になる。
確かにこの頃、ゴーサーラは3億使って何の成果も出せませんでしたと言って麻原に懺悔していた。
まあ、仕方あるまい。
土谷が実験室で初めてサリンを合成した方法はまだ十分ではなく、いくつも改良の余地があったのだから。