ヨガのすすめ21 | 法友(とも)へ

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参加している人たちの年齢層は比較的若い。

 

20代から30代ぐらいに見える人たちがほとんどだ。

 

やはり男性の方が数が多く、女性の方が少ない。

 

大学生も東京の大学を中心に何人か参加している。

 

早稲田とか法政とかだったりしたが、東大が二人もいたのには驚いた。


いつの時代もヨガというものは男子大学生にとって魅力的なのだろうか。

 

まあ、さすがに高校生以下で一人で参加しているのは僕だけだったが。

 

その東大生は「沖先生と話がしたくて来たんだ。」と言って、とても嬉しそうだった。

 

ちなみに、沖ヨガでは、先生と呼ばれるのは沖正弘導師(グル)ただひとりである。

 

これは、オウムにおいて先生と呼ばれたのが麻原一人だけというのと同じである。

 

先生、導師、グルは全て同じ意味なのだ。

 

 

経営していた会社が倒産して、人生をやり直すためにやって来たという中年のおじさんもいたりしたが、大抵は何らかの体の不調を治したいという人たちが多かった。

 

まあ、見た目はみんな元気そうで、重病人というわけでもなさそうだが。

 

また、沖ヨガはインドのヨガだけでなく日本の様々な行法、それは西式健康法であったり肥田式強健術であったりするのだが、をたくさん取り入れているパーチワーク的な構造をしているため、断食道場としての一面もあった。

 

とにかく、沖ヨガというものは現代のヨガとはあまりにもかけ離れている。

 

ヨガでありながら、そのヨガにもとらわれていない。

 

実に不思議なものが昭和の日本には存在していたのだ。