使用された神経剤がVXではなくVX塩酸塩であるという結論は、その両方を取り扱った経験のある中川ならではのものであると思う。
少なくとも、日本人では中川の他に誰もいないだろう。
ではなぜ、マレーシアでの分析結果がVX塩酸塩ではなく、VXであったのかである。
これは簡単に言ってしまえば、マレーシアの分析技術が未熟であったという事になる。
VXをそのまま直接分析したわけではなく、水分を含んだ検体をアルカリ処理してpHを調整したうえで、有機溶媒を加えてVXを抽出しその有機層を分析している。
そのため、VX塩酸塩からVXが抽出されたということである。
中川は今から出でも遅くないので、とはいっても8か月以上経ってしまうとダメかもしれないが、マレーシア政府にはVX塩酸塩の直接的な検出を試みて頂きたいと訴えている。
それにしても改めて思うのは、オウムの恐ろしさである。
24年前、小さな宗教団体が持っていた化学技術力を、現代のマレーシアという一国が持っていないのだから。
中川がオウム時代に扱ったことがあるのが、VX塩酸塩の水溶液である。
VX塩酸塩は水溶液中ではプロトン化VXとして存在し、皮膚からは吸収されないが目や粘膜からは吸収される。
皮膚はイオン化した分子の障壁となり、イオン化の有無によってVXやその他の類似化合物の経皮毒性は大きな影響を受ける。