正しい質問は、
「何故、一切皆空が修行者にとって基本的な考えと言えるのですか?」
である。
当たり前すぎるほどに当たり前なのだが、僕がこのブログに書いたのが、
「修行者にとっての基本的な考え方は一切皆空。」
なのだから、証明されているとか、より確からしいとかいうのは、的外れであり支離滅裂な質問というのは明らかだろう。
まあ、これも「だろう」としか言えないのだが。(笑)
「基本的な考え方」が「証明された」とか「より確からしい」に見えている人も世の中にはいるのだから。
ほんと、当たり前の話なのだが、証明されたから「基本的な考え方」になったわけでもなく、何かと比較して「基本的な考え方」になったわけでもない。
「何故、一切皆空が修行者にとって基本的な考えと言えるのですか?」という質問は、オウムを知らない部外者であれば仕方がないのだが、これが元オウムだと、何をふざけているんだという話になる。
なぜなら、一切皆空はオウムの教義の根幹をなすものであり、オウムの常識であるからだ。
一切皆空を論理的に理解するのが悟り、一切皆空をエネルギー的に体験するのが解脱。
この悟りと解脱の二つを合わせて、クンダリニーヨーガの成就である。
まさにオウムの教義の常識中の常識と言っていい。
まあ、オウムと関係のない一般人には、どうでもいい話なのだが。(笑)