最終段階。
メチルホスホン酸ジフルオリドに、イソプロピルアルコールを滴下する。
全作業中、最も難しく、最も危険な段階である。
アルキル基>フッ素なので、メチルホスホン酸ジフルオリドのフッ素が、イソプロピル基に置き換わる。
ただし、塩素がメチル基に置き換わったときのように、二つとも置き換わるわけではない。
二つあるフッ素のうちの、一つだけが置き換わったものがサリンである。
ここでのポイントは、イソプロピルアルコールを滴下するというところにある。
反応が起こってサリンが生成されると、それと同時にフッ化水素も生成され、その酸を中和するために塩基をバランスよく滴下しなければならない。
この辺はまさしく職人技が必要なところだと思う。
酸を中和しなければならないということだけでなく、反応によって熱が発生するので、イソプロピルアルコールを一度に大量に投入すると、温度が上がりすぎて不純物が混ざり込んでしまう。
松本サリン事件では、中川がこの失敗をして、本来透明なはずのサリンに青く色が付いてしまった。
この激しい反応は、ガラスをも溶かしてしまう。
第7サティアンのプラント建設において、この問題に対処するために、安全性の高い超金属ハステロイが使われた。
村井はテレビの討論番組で、カイル・オルソンにハステロイを使っていることを暴かれ、そして追及された。
ハステロイを使っていることによって、第7サティアンがサリン工場であることが証明されてしまったのだ。
村井が刺殺されたのは、それから間もなくのことである。
村井は嘘がつけない正直者である。
あの時、ハステロイを使っていることを言わなければ、もしかしたら村井は死なずに済んだのかもしれない。