建前は、語学を身につけたい。
本音は、人生を謳歌するイタリア人から生きる秘訣を知りたい。
そのくらい
当時の私の頭の中と気持ちは窮屈だった。
そうやって
生きる苦しみを感じるほど
自由を感じて楽しく生きたいという気持ちは
どんどん膨らむ。
現地で、
一番困ったこと。
それは、
言葉ではなかった。
それは、
嬉しい、悲しい、つらい、興味がある、
やりたい、やめたいといった自分の気持ちを話せないこと。
語学学校でも
ホームステイ先でも
出来事は話せる。
でも、
その出来事から
自分はどう感じたか話せない。
二言三言ですぐ会話終了。
だから、
ホームステイ先に時々やってくる親子がとても羨ましかった。
小さな子どもは、
目をキラキラさせて
自分が感じたことを一生懸命に話している。
すると、
その子の世界がそこに現れる。
子どもはその世界で自由に生きている。
他人の共感さえも必要としていない。
わたしは
喉から手が出るくらい
自由を感じたくて
海外にまで来たのに
自由を感じられなかった。
どこにいようが
わたしがいたのは
正しい、
間違っている、
良い、
悪いという壁に囲まれた小さな箱。
わたしは私がどこにいるか分からない
ずっとその箱の中にいるから。
わたしの気持ちは、
いつもその壁にぶつかっては消えていた。
語学の先生もステイ先の家族も
わたしが箱から出て話し出すのを根気よく待つ。
ゆっくり見守る。
わたしが話し出すと
彼らは黙って聞く。
私も黙って聞く。
そうして彼らは
まるで自分の子どもが初めてしゃべったかのように嬉しそうに喜ぶ。
わたしも彼らに負けないくらい喜ぶ。
やっと小さな箱から出ることができたから。
わたしはただ言葉にしたかった。
わたしはただ音にしたかった。
わたしは
わたしは
わたしは
私は
わたしはどこにいようが
私はここにいるんだと感じたかった。
わたしは壁の向こうにいる私に
ずっと会いたかった。
そうしてわたしは
ようやく真の自由に出会った。
人生はオモロ〜!
