会社も

家も


上司も

部下も

夫も

妻も

親も

姑も

舅も

子どもも

友だちも

ママ友も

ご近所さんも


住んでいるところも

仕事も

家事も


年齢も

普通も

平均も

方法も


SDGs

多様性も


わたしはこういう人間だというラベリングも

過去に生じた望みも

他人の価値観や望み、夢さえも


誰も何もわたしを縛れない。

わたしの頭の中、心(感情)まで縛ることはできない。


それなのに、

どうしても窮屈で苦しく感じるのは

わたしがそれを採用しているからだわ。


そう、

わたし、縛られにいっているのよね。

あ〜ん、わたしも好きよねえ。


自分で縛られにいって

わたしを縛らないでって

わたし、自由がいいのって


わたしMよね 

変態さんよね


うしろ指 うしろ指を指されても

わたし一人で縛られにいって

耐えてきたのよ 緊縛プレイ



自作自演よね

もう喜劇よね

大切な大切な頭の中の自由を

ダメだと知っていながら

あげてしまった誰かと何かに


そんなプレイで翻弄される登場人物も

憎めなくて愛しいけど(その矛盾もまた人間らしさ)


こうなったらステキ!これはちょっと違うかも。

これが好き!これは嫌!


わたしが感じて

わたしが考える


解放した頭の中と心と身体で

わたし史上最高のストーリーを書く


そんなわたしの人生の脚本家とか監督をやるのも悪くないわ。


そんなわたしも、最高よね。



(書きつつ途中から細川たかし先生の歌詞に縛られる〜わたしばかよねおばかさんよね ♪

ワイヤーバスケットを頭に乗せて運ぶおばかさん。前に抱えて持つよりも腰が楽なのよ〜)



人生はオモロ〜!