感謝の気持ちがこもった

ありがとうを

スッと言えたときは気持ちいい。


自己受容が進んでいくと

感謝の言葉が自然と言えるようになる。


それは、

わたしの気持ちと放つ言葉が一致した状態。

わたしに嘘偽りがないから、

とても気持ちよく、快活に生きることができる。


やがて、

それがわたしの周りにも広がっていき、

感謝で溢れた世界が出来上がる。



失敗しても

うまくいかなくても

謝った決断をしても

どんな気持ちが湧き上がっても

自分が受け止められるようになっていくと


それでもわたしは自分と他者に愛されている、

受け入れられている、大丈夫という実感が強くなる。


そうすると、

他者からの愛を感じられるようになり、

そのことへの感謝の気持ちが湧き上がり、

ありがとうという気持ちが無意識のうちに溢れ出て、言葉にして伝えたくなるのだ。


さらに、その気持ちが深まると周りに助けを求めたり、誠実に謝罪ができたりして

なおさら感謝はマシマシになる。



そもそも、

大してありがたいと思ってもいないのに、

感謝しなくちゃいけないから

ありがとうと言っていたら良いことがあるからと

頑張って「ありがとう」と言っていると苦しくなるのである。

(ああ、過去の私よ)

それは、自分自身に対するパワハラだ。


それに、

ありがとうと言われる側になった時

無理やり感謝している人の「ありがとう」と

心底感謝している人の「ありがとう」は全然違う。


人間誰しも感覚というセンサーを持ち合わせているから、

どんな人でもその「ありがとう」が本物か偽物かわかるのだ。


言霊とよく言うが、

言葉には言う人の無意識の気持ちが乗るから、

言葉の意味と言う人の気持ちが裏腹なときって

言われた側はなんだか気持ち悪い感じがする。


それは、

すぐやる!って言うのに、

全然やらない人に対して抱く感情ととても似ている。

むーんとするあの感じ。


反対に、

言葉の意味と言う人の気持ちがぴったりと一致しているときって、

言われた側はもうすごく嬉しいし、

ありがとうと言った人のことをとても信頼するようになる。


例えば、

初めて入ったお店で、

気持ちのいい「ありがとうございます」を言われたら、

そのお店の印象が良くなり、また来ようかって心が動く。



だから、

無理に言わなくていい。



「ありがとう」と無理やり言うとするよりも

自然と言ってしまっている、

そんな状態のわたしになっている方が気楽だ。



だからこそ、

日常の中で感じる気持ちや思考にジャッジしなかったり、

過去に置いてきたあの時に本当に溢れていた思いを解放したりして

自己受容を深めていくのがいい。



知らないうちに自然と感謝の気持ちが湧くようになり、

そのうち心から溢れ、

気づいたらありがとうと言える自分になっているから。




読んでくれて、ありがとう。

人生はオモロ〜!