今日、エドモンドから相談された商会の業績不振について考えていたのだ。
できることなら力になりたい。だが、アルヴィンは商業の専門家ではない。前世の知識はあっても、実際に商会を経営した経験はなかった。
「商会の業績を上げる、か……」
基本は、需要のある商品やサービスを提供して利益を出すことだ。そのためには、まず市場の需要を調べ、それに合わせて商品を用意する必要がある。
しかし、食料や衣服、日用品といった普段使いの品は、すでに既存の商会が取引先や流通経路を確保しているはずだ。後発の商会が同じ分野で競争しても、簡単には勝てないだろう。
ならば、既存の商会と競合しない分野を探すべきか。
「これから需要が増えるものか、まだ満たされていない需要……」
そこまで考えたものの、具体的な案は浮かばなかった。
そもそも、商会の将来を考えるうえでは、商品の選定だけでなく、国の情勢も無視できない。
アルヴィンは、ベルク王国の王位継承をめぐって、いずれ問題が起きるのではないかと予想していた。
王位継承争いが表面化する可能性もある。仮に大きな争いにならずに継承が進んだとしても、新しい王の方針次第では、国の運営が滞るかもしれない。
そうなれば、貴族たちの勢力バランスも変化する。
商会にとって重要なのは、どの派閥と取引し、どのような関係を築いておくかだろう。特定の派閥に深く関わりすぎれば、その勢力が衰えたときに大きな損失を被る。一方で、どこにも関わらなければ、重要な取引の機会を逃すかもしれない。
さらに、アルヴィンはノルディア王国にも、何となく不穏な空気を感じていた。
今すぐ何かが起きるという確かな根拠はない。だが、こちらでもいずれ貴族たちの勢力関係が変わるような出来事が起きる可能性はある。
もしそうなれば、商会は両国の情勢を見極めながら、取引先や事業の方向性を考えなければならない。
「……まずは、エドモンドの話を詳しく聞くところからだな」
今の商会が何を扱い、どこに取引先を持ち、何に困っているのか。それを知らなければ、実効性のある助言はできない。
話を聞きながら問題を整理し、自分なりの知識や発想を役立てられる部分を探せばいい。
「よし。明日は、そこから考えてみよう」
アルヴィンはそう結論づけると、目を閉じた。
商業の専門家ではない自分に、どこまで力になれるかは分からない。それでも、エドモンドの話を聞き、一緒に考えることならできる。
そう考えながら、アルヴィンはゆっくりと眠りに落ちていった。
◇
次の日。
アルヴィンは、屋敷の談話室でエドモンドとクラリッサを迎えていた。
今回は、リリアには席を外してもらっている。
エドモンドの商会について、できるだけ率直に話し合うためだった。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。ゆっくりお話ししましょう」
アルヴィンは穏やかに応じた。
エドモンドが用意したお茶を飲みながら、しばらくは他愛のない雑談を交わす。
やがて話が一段落したところで、アルヴィンはカップを置いた。
「では、そろそろ本題に入りましょうか」
「はい。よろしくお願いいたします」
エドモンドも居住まいを正した。
「最初にお伝えしておきますが、僕は商業について詳しいわけではありません。ですから、必ずしも的確な助言ができるとは限りません」
「それは承知しております。それでも、アルヴィン様のお考えを伺いたいのです」
「分かりました。では、まずエドモンドさんの希望を聞かせてください。今後、商会をどうしていきたいと考えていますか?」
エドモンドは少し考えてから、現在の商会の状況について説明を始めた。
主力としている商品のこと。
これまで取引してきた相手のこと。
そして、近年の業績がどれほど落ち込んでいるのか。
アルヴィンは、ときおり質問を挟みながら話を聞いた。
現在の売上や利益はどの程度なのか。
商会を維持するために、最低限どれだけの利益が必要なのか。
そして、エドモンドが目標としている業績はどのくらいなのか。
一通り話を聞き終えると、アルヴィンは少し考え込んだ。
やがて、率直に告げる。
「……今の状況で、希望されている業績まで戻すのは難しいと思います」
「えっ……」
エドモンドは、思わず声を漏らした。
その表情には、明らかな戸惑いが浮かんでいる。
「それは……なぜでしょうか?」
エドモンドは、アルヴィンなら何か良い案を考え出し、現状を打開してくれるのではないかと期待していたのだ。
それだけに、最初の言葉は予想外だったらしい。
アルヴィンは、慌てずに続けた。
「もちろん、絶対に無理だと言っているわけではありません。ただ、今の商会を立て直すことだけに集中しても、十分な成果を出すのは難しいと考えています」
「と、おっしゃいますと?」
「僕の予想では、今後十年以内に、ベルク王国とノルディア王国で、それぞれ大きな戦争が起きます」
「……え?」
エドモンドだけでなく、クラリッサも目を見開いた。
あまりにも突拍子もない話だった。
二人は驚きのあまり、すぐには言葉を返せなかった。
アルヴィンは、そんな二人の様子を見ながら話を続ける。
「もちろん、これは僕の予想です。確かな根拠があって断言しているわけではありません」
そう前置きしたうえで、アルヴィンは考えていることを説明した。
「ベルク王国では、王位継承のとき、あるいは継承した後に、大きな争いが起きる可能性があります」
王位をめぐる争いが発生すれば、貴族たちの勢力関係も大きく変わるだろう。
そして、ノルディア王国では――。
「東の侯爵家とノルディア王家が、いずれ衝突するのではないかと考えています」
「東の侯爵家と、王家が……」
エドモンドは、確かめるように繰り返した。
「はい。こちらも、あくまで僕の予想です」
アルヴィンは、二人の反応を確かめながら言葉を選んだ。
「もし二つの戦争が起きれば、国の勢力図が変わるだけではありません。人々が必要とする物も、大きく変化するはずです」
平時にはそれほど必要とされない物でも、戦争が始まれば需要が急増することがある。
逆に、これまで安定して売れていた商品が、流通の混乱や人々の生活の変化によって売れなくなる可能性もある。
「エドモンドさんとしては、まず今の苦しい状況を何とかしたいと思っているでしょう。それは当然です」
アルヴィンは、穏やかに語りかけた。
「ですが、これから起こるかもしれない変化を想定して、今のうちから準備しておくことも大切だと思います」
「……なるほど」
エドモンドは、慎重に言葉を選びながら答えた。
「しかし、アルヴィン様。それは、いささか突拍子もないお話ですな」
「そうですね。僕も、今の段階で確実だとは思っていません」
アルヴィンは素直に頷いた。
エドモンドは一度言葉を切り、改めてアルヴィンを見つめた。
「ですが……続けてください」
その声には、先ほどまでとは違う真剣さがあった。
アルヴィンは頷き、話を進める。
「仮に戦争が起きるとすれば、まず考えられるのは、戦争に関係する物資の需要が増えることです」
武器や防具の材料となる金属。
兵士たちの食料や衣服。
負傷者の治療に必要な医薬品。
輸送に使う馬や荷車、その他の資材。
戦争の規模によっては、こうした物資が大量に必要になるだろう。
「そうした物資を仕入れて販売する方法もありますし、武具や医薬品を自分たちで製造して売る方法も考えられます」
ただし、製造業に参入するなら、それなりの設備や人材が必要になる。
さらに、戦場に近い場所で生産を行えば、工場や倉庫が被害を受ける危険もある。
「ですから、もし製造に乗り出すのであれば、ある程度安全な場所を確保する必要があるでしょう。生産設備を整える前に、資金や原材料をどこまで用意できるのかも考えなければなりません」
アルヴィンは、そこで一度言葉を切った。
「もっとも、どのような商品がどれだけ必要になるのかは、エドモンドさんの方が詳しいはずです。僕は、可能性を挙げているだけですから」
「いえ、十分に参考になります」
エドモンドは真剣な表情で聞いていた。
アルヴィンは、さらにもう一つの問題を指摘する。
「それから、どの派閥と関係を築くかも重要になると思います」
「派閥、ですか」
「はい。戦争になれば、貴族たちの立場も変わるでしょう。どの勢力が力を持つのかによって、商会の取引にも影響が出るはずです」
ただし、単純に有力な貴族に近づけばよいというわけではない。
力のある派閥には、すでに長年取引している商人や、特別に保護されている商会が存在するはずだ。
新たに参入しようとしても、簡単には入り込めない。
「結局、今までと同じように、既存の商会が有利な立場にいる可能性もあります」
アルヴィンは、エドモンドに視線を向けた。
「だからこそ、ただ戦争需要を狙うだけではなく、どこに商機があるのかを見極める必要があると思います」
そして、率直に尋ねた。
「エドモンドさんは、どう思いますか?」
エドモンドは、すぐには答えなかった。
視線を落とし、先ほどの話を頭の中で整理しているようだった。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「……はい。確かに、可能性としてはあると思います」
その表情には、まだ戸惑いが残っていた。
しかし、アルヴィンの話を単なる空想として片づけるつもりもないらしい。
「今までは、どうすれば商会の業績を回復できるか、そればかり考えておりました。ですが、これから先の情勢まで見据える必要があるということですな」
「僕は、そう考えています」
アルヴィンは頷いた。
「今の業績を立て直すことも大切です。ただ、それだけに資金や人手を使い切ってしまうと、いざ情勢が変わったときに動けなくなるかもしれません」
「なるほど……」
エドモンドは、再び考え込んだ。
隣では、クラリッサも真剣な表情でアルヴィンを見つめている。
二人にとって、これまで考えていた商会の立て直しとは、まったく違う視点からの話だったのだろう。
アルヴィンは、そんな二人の様子を見ながら考えていた。
まだ、具体的な事業計画があるわけではない。
そもそも、戦争が起きるという予想が外れる可能性だってある。
だからこそ、今すぐ大きな投資を勧めるつもりはなかった。
まずはエドモンドの商会が持つ資金や人脈、取引先を把握し、どこまでの準備ができるのかを見極める必要がある。
「では、次に……」
アルヴィンは、改めてエドモンドに向き直った。
「今の商会が、どれくらいの資金を動かせるのか。そこから詳しく聞かせてもらえますか?」
エドモンドは静かに頷いた。
話し合いは、まだ始まったばかりだった。