アルヴィンの屋敷に到着した初日のこと。
夕食を終えたルシアンとセレスティアは、
客室の一室に集まっていた。
二人のそばには、セレスティア付きの侍女も控えている。
部屋の中は静かで、窓の外からは夜風が木々を揺らす音が聞こえていた。
ルシアンは椅子に腰掛け、向かいに座る娘へと視線を向けた。
「セレスティア。アルヴィン様について、
どう思った?」
「はい。とても良いお方だと思いました」
セレスティアは、迷うことなく答えた。
「そうか」
ルシアンは小さく頷いた。
「ですが……おかしなことばかりです」
その言葉に、ルシアンの表情がわずかに引き締まる。
「そうだな」
「お父様からお聞きした情報とは、
あまりにもかけ離れています」
セレスティアは今日一日の出来事を思い返した。
屋敷は確かに豪華絢爛というわけではない。
しかし、古びた建物をそのまま放置している様子もなく、改修が進められていた。
案内された部屋も清潔で、食事は驚くほど美味しかった。
そして、何よりも領地へ向かう道だ。
事前に聞いていた話とは、まるで違っていた。
「国境近くの領地で、小さな宿場町があるだけ。治安は悪く、道も整備されていない。これといって良いところはない……そう聞いていました」
「その通りだ」
ルシアンは静かに答えた。
「私が調べた情報も、ほぼ同じだった。だからこそ、実際に訪れて確かめる必要があると思ったのだが……」
彼は腕を組み、考え込む。
「道は明らかに整備されていた。屋敷の改修も進んでいる。食事も十分なものだったし、アルヴィン様ご自身も、領地の将来について具体的な考えをお持ちだった」
「はい。それに、アルヴィン様はまだ十歳です」
セレスティアは、少しだけ声を落とした。
「それなのに、領地のことをよく考えていらっしゃいました。町を新しく造る計画まであるなんて……」
「私も驚いたよ」
ルシアンは苦笑した。
「年齢だけを理由に判断するつもりはなかったが、実際にお会いしてみると、想像していた以上だった」
控えていた侍女も、二人の会話に静かに耳を傾けていた。
やがて、ルシアンは表情を改めた。
「しかし、問題はそこだ」
「問題、ですか?」
「ああ。アルヴィン様が優れたお方だということと、この領地が短期間でここまで変わった理由は、別の話だからね」
ルシアンは窓の外へ目を向けた。
「明らかにおかしい。これは、もう一度調査する必要がある」
「ベルク王国から支援があったのでしょうか?」
セレスティアの問いに、ルシアンは首を横に振った。
「その可能性も考えられる。だが、アルヴィン様を積極的に支援する貴族がいるという話は聞いていない」
アルヴィンは王命によって領地へ送られた身だ。
王都での立場を考えれば、むしろ後ろ盾などないものと思われていた。
「それなのに、道の整備が進み、屋敷も改修されている。新しい町の計画まである……」
ルシアンは指先で机を軽く叩いた。
「資金はどこから出ているのか。人手はどうやって集めたのか。そして、誰がアルヴィン様を支えているのか」
一つずつ確かめる必要があった。
「もちろん、アルヴィン様ご自身の手腕によるものかもしれない。だが、それだけで説明できるのかどうかは、慎重に見極めなければならない」
「……はい」
セレスティアは頷いた。
今日、アルヴィンと接した印象は良かった。
それは間違いない。
けれど、好印象を抱いたからといって、疑問をそのままにしてよいわけではない。
「お父様。私も、もう少しアルヴィン様のことを知りたいです」
「そうか」
ルシアンは娘の顔を見て、穏やかに微笑んだ。
「ならば、まずは滞在中によく観察するといい。ただし、相手を試すような真似はしないこと。私たちは客人なのだからね」
「分かっています」
セレスティアは真剣な表情で答えた。
ルシアンは満足そうに頷き、再び考え込む。
アルヴィン・レグナード。
十歳にして公爵位を持ち、王都から遠く
離れた辺境を任された少年。
事前に得ていた情報と、実際に目にした領地の姿。
その間には、あまりにも大きな隔たりがあった。
そして、その隔たりこそが、ルシアンに新たな疑問を抱かせていた。
この領地で、いったい何が起きているのか。
アルヴィン様は、本当に誰の支援も受けていないのだろうか。
答えを知るためにも、もう少し時間が必要だった。
「さて……もう一つ、セレスティアに頼みたいことがある」
そう言うと、ルシアンは懐から小さな箱を取り出した。
机の上に置き、蓋を開ける。
中には、美しい装飾が施された魔道具が収められていた。
セレスティアは不思議そうにそれを見つめる。
「これは……?」
「魔道具だ。詳しい説明は今は必要ない」
ルシアンは箱から魔道具を取り出し、
娘へと手渡した。
「頃合いを見て、これをアルヴィン様にはめてもらうのだ。良いな?」
セレスティアは魔道具を受け取り、
両手でそっと包み込んだ。
父の表情は穏やかだったが、その目には真剣な光が宿っている。
「……はい」
セレスティアは小さく頷いた。
「ただし、無理強いはするな。アルヴィン様に不審に思われないよう、自然な形で機会を作るのだ」
「分かりました、お父様」
セレスティアは手の中の魔道具に視線を落とした。
アルヴィンに対して、悪い印象は抱いていない。
むしろ、もっと知りたいと思っている。
だからこそ、父から託されたこの魔道具が、
いったい何を意味するのか。
彼女はそれを胸に留めながら、
静かに魔道具を箱へと戻した。