転生したのでしょうがなく 057 秘密の扉 | aitocolab ブログ 

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只の妄想を
アウトプット出来る時代に
感謝

翌日。

俺はノルディア王国の国王との謁見に臨むため、王宮の一室で待機していた。

部屋には椅子やテーブルが用意され、飲み物まで出されている。

待遇そのものに問題はない。

……問題は、俺の緊張がまったく解けないことだった。

昨日から感じている、あの妙な違和感。

王宮の人間は丁寧に接してくれるものの、どこか事務的で、歓迎されているという実感がない。

今日の謁見でも、何か起きるのではないか。

そんな不安が、頭の片隅にずっと居座っていた。

「……はあ」

思わずため息が漏れる。

そのときだった。

「……トイレに行きたい」

緊張しているせいか、妙に催してきた。

謁見まで、まだ少し時間があるらしい。

近くに侍従の姿はなかったが、トイレくらい自分で探せるだろう。

俺は待機室を出て、廊下を歩き始めた。

王宮の内部は広い。

似たような扉がいくつも並び、初めて訪れた人間には、どこが何の部屋なのかさっぱり分からない。

「こっちかな……?」

廊下を進みながら、扉の位置を確認する。

そして、いかにもそれらしい扉を見つけた。

よし、ここだ。

俺は安心して、扉の取っ手に手を伸ばした。

ガチャッ。

「……あれ?」

ドアノブが回った。

しかも、鍵がかかっていない。

俺は少しだけ扉を押してみた。

ギィ……。

軋むような音を立てて、扉がわずかに開く。

その隙間から、部屋の中がほんの少しだけ見えた。

……ん?

トイレにしては、妙に立派な部屋のような気がする。

いや、そもそもトイレの内装なんて、まだ見えていないのだが。

俺がもう少し中を確認しようとした、そのときだった。

「そちらには入らないほうがいいですよ」

突然、背後から声をかけられた。

「うわっ!」

慌てて振り返る。

そこに立っていたのは、若い男性だった。

年齢は二十代前半くらいだろうか。

整った顔立ちに、すらりとした体格。

身にまとっている服も上品で、いかにも王宮に仕える貴族といった雰囲気だ。

……なんだ、このイケメン。

思わずそんな感想が浮かんだが、今はそれどころではない。

「あっ、す、すみません! トイレかと思って……!」

俺は慌てて扉から手を離した。

男性は、わずかに目を見開いてから、扉と俺を交互に見た。

「トイレ、ですか?」

「はい。初めて来たもので、場所が分からなくて……」

「なるほど。それなら仕方ありませんね」

男性は苦笑した。

「ですが、そちらは入ってはいけない場所です。次からは気をつけてください」

「はい。本当にすみませんでした」

俺はもう一度、頭を下げた。

男性は俺の姿をしばらく眺めていたが、やがて少し不思議そうに尋ねた。

「ところで……王宮では見かけない顔ですね。どちらからいらしたのですか?」

しまった。

確かに、俺は昨日この王宮に来たばかりだ。

しかも、普段から王宮に出入りしているわけでもない。

不審に思われるのも当然だった。

「失礼しました。私はベルク王国第一王子、アルヴィン・ベルクと申します。本日は国王陛下との謁見のため、こちらに滞在しております」

俺は姿勢を正し、改めて名乗った。

男性は一瞬、意外そうな表情を浮かべた。

「なるほど。あなたが、ベルク王国の第一王子でしたか」

そう言って、穏やかに微笑む。

「これは失礼いたしました。私は宮廷貴族のルシアン・ヴェルナーと申します。王宮に仕え、主に宮廷内の政務に携わっております」

「こちらこそ、失礼しました。王宮の中はまだ不慣れなもので……」

「初めて訪れる場所なら、迷うこともあるでしょう。もっとも、その扉だけは間違えないほうがよろしいですが」

ルシアンは、背後の扉へ視線を向けた。

「そんなに重要な部屋なのですか?」

「ええ。少なくとも、許可なく立ち入ってよい場所ではありません」

それ以上、彼は詳しく説明しなかった。

俺も、わざわざ聞き出すつもりはなかった。

王宮には機密を扱う部屋もあるだろうし、立ち入りを禁じられた場所があることくらい知っている。

「気をつけます」

「そうしてください」

ルシアンは、どこか気さくな様子で笑った。

その後、俺たちは軽い雑談を交わした。

王都の様子や、長旅の疲れについて。

俺が道中の馬車の揺れにうんざりしていたと話すと、彼は思いのほか楽しそうに笑った。

「なるほど。それは大変でしたね。ノルディアの道も、決してすべてが快適というわけではありませんが」

「できれば、もうしばらく馬車には乗りたくありませんね」

「お気持ちは分かります。私も遠方へ出向く際は、移動だけで疲れ果ててしまいますから」

「やっぱり、そうですよね!」

思わず声に力が入ってしまった。

ルシアンは、くすりと笑った。

こういう話が通じる相手はありがたい。

王宮に来てからというもの、俺はずっと気を張っていた。

何を言っても相手の反応を気にしてしまうし、必要以上に警戒してしまう。

だが、この男性とは不思議と自然に話せた。

こちらの身分を知っても、態度が大きく変わるわけでもない。

かといって、礼儀を欠いているわけでもない。

程よい距離感で接してくれるので、こちらも気負わずに済む。

……今までノルディアの貴族と何人か会ってきたが、この人が一番話しやすいかもしれない。

そんなことを考えていると、肝心な目的を思い出した。

「すみません。ところで、トイレはどちらにあるかご存じでしょうか?」

「ああ、それでしたら、この廊下をまっすぐ進んで、右手の角を曲がったところです。扉に案内板がありますので、すぐ分かると思います」

「ありがとうございます。助かりました」

俺は礼を述べ、軽く頭を下げた。

「いえ。国王陛下との謁見が控えているのでしょう? あまり遅れないよう、お気をつけください」

「はい。それでは、失礼します」

俺はルシアンに別れを告げ、教えられた方向へ歩き出した。

ようやくトイレにたどり着き、用を済ませてから待機室へ戻る。

これで、あとは謁見を待つだけだ。

……できれば、何事もなく終わってほしい。

そんな願いを胸に、俺は再び椅子に腰を下ろした。

一方、その場に残されたルシアンは、アルヴィンの背中を見送っていた。

「……アルヴィン・ベルク第一王子、か」

そうつぶやいたあと、彼はふと背後の扉へ目を向けた。

そして、先ほどの出来事を思い返す。

アルヴィンは、あの扉のドアノブを回した。

ガチャリ、と音がするほど、はっきりと。

さらに、扉はわずかに開いた。

「…………」

ルシアンの表情から、先ほどまでの気さくな笑みが消えた。

この扉は、ただ鍵がかかっているだけの扉ではない。

王家に連なる者だけが入ることを許され、王家の血を引く者でなければ開けられない仕組みになっている。

そして、その条件は単純に王家の血が流れていればよい、というものではなかった。

ルシアン自身も、王家の血を引いている。

ただし、それは遠い先祖をたどれば王家につながるという程度の、薄い血筋だった。

宮廷貴族として王宮に仕えることはできても、この扉を開ける資格はない。

何度試したところで、彼には開けられない扉なのだ。

それを、彼は誰よりもよく知っていた。

「……そんな馬鹿な」

ルシアンは、もう一度扉を見つめた。

アルヴィンは、何も知らない様子だった。

トイレと間違え、何のためらいもなくドアノブを回した。

そして、扉を少し開けた。

注意されると慌てて謝り、トイレの場所を尋ねて去っていった。

まるで、何も特別なことなど起きていないかのように。

「……俺には、開けられないのに?」

思わず、そんな言葉が漏れた。

王家の血を引く自分でさえ、この扉を開けることはできない。

それなのに、ベルク王国の第一王子であるアルヴィンは、あっさりと扉を開けた。

しかも、本人にはその自覚すらないように見えた。

「…………」

ルシアンは黙り込んだ。

単なる偶然で片づけるには、あまりにも不可解だった。

もちろん、今の段階で何かを断定することはできない。

だが、先ほどまで気さくな少年だと思っていた相手に、急に興味が湧いてきた。

「……アルヴィン殿下。あなたは、いったい何者なのですか?」

閉ざされた扉を見つめながら、ルシアンは小さくつぶやいた。

この出会いが、ノルディア王国の王宮にとって、決して無視できない意味を持つことになる。

その予感だけは、なぜか確かなものに思えた。