~~ 中略 ~~

 

◎この村には、家の入口を女性器と見なす認識がある。

 家の入口には、女性器の形の木を置いてある家もあり、そうした象徴に、

 花の精へと同じ仕草で彼らは、毎朝毎晩挨拶(≒祈り)を行う。

 

◎また、どの家でも男性器を象(カタド)ったもの(≒あるいは炉が、

 その代わりの家もある)が、精霊の象徴として、家の中心に置かれている。

 

・もしも私達の家に、こうした象徴があったとしたら、私達は卑猥(ヒワイ)な

 イメージでそれを受け取り、恥ずかしいものとして、目を逸(ソ)らしたりするだろう。

 

・彼らが公の場にどころか、最も神聖な場にこうした性の象徴を置くのは、

 彼らの中に性を卑猥なものと感じる心が、微塵もない証拠であろう。

 

・彼らは私達とは、全く異なる認識で、「性」を受け止め、感じているに違いない。

 

            ~~ 中略 ~~

 

・この村の人達には、裸を恥ずかしがるという観念がない。

 それは子供の頃から、こうした「性」を神聖視する大人達の姿を見て、

 育つからだろう。

 

・最初の頃、私は川で全裸で沐浴(モクヨク)をする、年頃の女性と出会ってしまい、

 まずいことになったと思ったことがあった。

 

・この時女性達は、全く驚きもせず、平常であったことに、

 却(カエ)って私の方が驚いた。川での沐浴は、男女が一緒であることもしばしばだ。

 

・また暑い時には、全裸で過ごすこともある。それどころか、

 性行為を恥ずかしいものとみなす観念さえも、彼らには無かった。