ご無沙汰です。1ヶ月ぶりの更新です。
(しかも長い、キモイかもしれないけど・・・すいましぇーーん。)
待ちに待ったフジテレビ、月曜9時の野島先生の作品、
「薔薇のない花屋」
見てますか?多少のネタばれあるけど、許してね。
(>若様、いつもありがとうね!)
今までの野島伸司さんならば、不良少年の香取慎吾と、
それを支える本仮屋ユイカちゃんの激しい愛に
主眼を置いて描いていたかもしれないなって思ったの。
それは「この世の果て」の三上博史と、マリア、鈴木保奈美のような感じで。
でも、今回は、違うの。
(野島さんが、たぶん結婚して子どもができたのかな、なんて妄想しちゃったんだけど)
愛を知らない香取慎吾が、命がけで、いや命と引き換えに
愛を教えてくれた女性を失ってしまった後、
亡き妻の肩身である子ども、雫ちゃんを育てる中で
彼は、どう変わっていったのか?という希望の物語なのです。
雫ちゃんのクラスメイトの男の子を見て、
自分を重ねる香取慎吾が
「愛を知らないのは、その人のせいではない」
と教えてくれているようですごく共感しました。
世の中、愛を知らない人はたくさんいるけれど
でも、知っている人たちも、ちゃんといて
だから、世の中が何とかまわっているんだよね。
でも、その「愛」を、たった一人に教えるのでさえ、
時に、本当に命がけの「覚悟」、
命の「代償」が必要なくらい無謀で崇高なことなのかもしれない。
それと、ユイカちゃんが、ビデオの中で香取慎吾に
『「家族」を作ってあげたかったの。』と言っていましたよね。
今回、結構新しいなと思った視点が、その「家族」というワード。
香取慎吾は、自分の家に血縁関係のない
花屋のお客さんだったおばあちゃんと
元ホストの松田翔太を呼び入れて、雫ちゃんと4人「家族」をしている。
野島さんは、
「家族」というワードで、「子ども」の可能性を描きつつも、
同時に、
血縁関係のありなし、って人間にとってはそんなに大きなことではない。
結婚相手も、もともとは他人であり、それが何かを持ってして、「家族」になっていく
ということを伝えているのかなーと思いました。
なんだろうな、「家族」って。
信頼関係の上に成り立つ、
お互いが必要とし、必要とされる関係かな。
相手も同じくらい、自分を求めてくれたら理想なんだけどね。
という前提にたてば、もちろん
私は今の戸籍上の家族だけではなく
多くの「家族」を持っていて、ときにそれは友人であり、
親友であり、先輩・上司であり、恩師と呼ばれるわけだ。
そんななくてはならない「家族」たちに生かされていると
気付いたとたん、
涙があふれるほど感動し、「ありがとう。」と感謝の気持ちを伝えたく
ブログ更新しなきゃ!と思ったのです。
でも、そんなたくさんの「家族」の中で唯一無二の、
「妻」とか「夫」とか「パートナー」の存在って
またこれはこれで、特別なはずだよな、とも思ったりします。
今年に入ってから、ゲイの方とゲイについて考える勉強会に
参加させてもらうことになりました。
彼らは、
「結婚制度という枠組みがなく、
結婚で得られる保証もメリットの多くも享受しにくい・できない」状態の中で、
一人の人として、どうやってパートナーを見つけ、
なぜその人と手をつなぎ、関係を続けるのかを自問自答しながら、生きていました。
でも、このテーマは、もはや非異性愛者だけではなく
「人間は誰とどのように生きるべきなのか」というみんなの課題なんですね。
私のような異性愛者は、恋愛の延長線に結婚があるから、
割と何の疑問もなく
「恋愛」から「結婚」に移行できる。
だから、幸せでもあり、不幸せともいえる。
自分は、性とか恋愛とか、結婚とかのテーマを
扱わせていただくお仕事をする中で、
非異性愛者の視点から気付かされ、
教えていただくことがいかに多いことか・・・
今年は、いい先人、いいテーマに出会えたので幸せです。
次回は、私が勉強会で発表させていただくことになり、
今プレッシャーに押しつぶされながらも楽しく奮闘しているところです。
これが、今回の課題図書。
- ¥1,890
- Amazon.co.jp
セックス・ラブ・パートナーシップ、
という発表箇所を読み終えて、
「薔薇のない花屋」で考えていたことがリンクして
自分でもよく分からないんだけど、
涙が止まらなくなった。
こんなところでエクスタシー感じちゃう私って変態ね(笑)
でも、とにかく、本質に触れたような気がして
あいため的には、最高におすすめの本です。
あと、最近、相談受けていく中で
早漏と包茎を気にするな!ということも一言申したくなり
そちらもいずれブログに書きますわ。
相変わらずの泣いたり笑ったりの
あいためですが、これからもどうぞよろしくです。ペコ。
