祝・十両昇進
おかげさまで、あしたば花(すんも)が十両昇進いたしました~~。
なんか、やっつけで、コツコツ参加していましたが、住処が洞窟だったことを思えば、人並みの部屋にすむことができて、幸せでごんス。
さてさて、アメG目当て(笑)で参加している、ブログネタですが、時々面白ネタや時事ネタをとりあげているので、本当に個々人によって、意見がちがうなぁ~と読みながら感心することがあります。
今・だから、このネタですよね~~
地震があって、原発が動かず、電力足りない=節電。
理にかなってますね~~。
でも、そんな中でもあえて「本当に必要なのか?」と疑問がちらほら聞こえてくるということは、別に非国民になりたいわけではない。節電することにより、伸び悩む経済。それをするのは本当に正しいのか?
疑問がでてくるということは、少なからず、その余裕がでてきたということ。
基本的に意見を言い合うのはとてもいい事♪(*゜▽゜ノノ゛☆
さて、私のお部屋。
しつこいと思うが、なんどでも、かかせてもらう。
エアコンがな~~い。。(´д`lll)
しかも爆弾発言すると
扇風機もない。Σ(゚д゚;)
お部屋の位置関係的にどうしてもエアコン・大き目扇風機を置くスペースがないのだ。
去年の猛暑は、本当に暑いどころの騒ぎじゃなかった。
酷暑と叫ばれた暑い部屋の中、私は有給を消化していたので、よ~く覚えてる。
去年もやはり、電力不足が叫ばれていた。
つまり、原発の問題以前に、節電は必要な事だったこと、それでも毎年なんとかなっていた。だれもが、「は~ん」で終わらせていた問題のはずだ。気が付けば秋。みたいなw。
ヒートアイランドなどの問題もあり、電力不足は毎年叫ばれていた。
ことあるごとにでんこちゃんが「電気を大切にねw」と笑いかけるたびに、心の狭い私は、
「節電したくなくても、しちゃっているから、金をおくれヾ(。`Д´。)ノ」
と毒づいていた。
それでも、リビングではエアコンをかけ、恩恵にはあずかっていた。
単純に考ると
足りないから、節約するのは、すごく当然。
毎月、給料を使い果たしている実家暮らしの女がいたら、、
「あんた、もうちょっと、節約して貯金ぐらいしなさいw」と叱り飛ばすだろう。
「え~だって、エステも行きたいし、ブランドバッグもほしい・・・」
なんて言った日にゃ、あんたw
「なにさま~~~ヾ(。`Д´。)ノ」
(・・・ん?たとえがわかりにくいぞw)
「節電」なのだ。
=無駄遣いをやめることが節電なんだ。
何が無駄なのか。
エアコンを我慢して熱中症にかかり、病院にかかり・・・と、負の連鎖が続くようでは、節電とは言えないだろう。
エアコンがない私としては口惜しいが、やはり、酷暑のなかでのエアコンは必需品。無駄とは言えない。
でもそう、考えるとパソコンだって、冷蔵庫だって、炊飯器だって・・・・となってしまう。
そっから、「自分たちのできるほんの少しのこと」が考え付けばしめたもの。だと、私は思う。
誰もいない部屋の電気をつい、つけっぱなしでいるのでも、
足元の不自由な方のためにつけっぱなしでいるのと、ただ、忘れていたとでは、同じ電気の価値が違う。
あるのが、当たり前だと思わず、初めて電化製品を使ったころのように、「わ~電気って便利」思うことができれば、自分たちにできる節電の仕方がわかってくるはず。
私は電気の仕組みはわからない。
けれど、電子レンジで、チンしたり、ドライヤーを使って髪の毛も乾す。
その、仕組みはどうなっているか、とんと検討もつかないが、心のどこかで、電力は、私の心配することではなく、無限に誰かが作り出してくれるものと思い込んでいる。
そして多分、実際にその通りなんだろうけど・・・・
少なくとも私達は電気を使っていることで、買っているのだ。誰かが作りだしてくれたものを買っている。そう思うと足りなくなるのなら、いずれ買えなくなるのは当たり前だ。
当たり前だが、そんなの嫌だ(笑)
部屋でつけないんだから、せめてリビングや図書館で涼しくありたい~(あしたば、心からの叫び
)
節電は必要だと思う。
電力を誰かが作り出してくれるものであるかぎり。
それが、経済に悪影響、雇用に悪影響というのは、今の時点だからにすぎない。
節電したことで、活性化するビジネスもあるはず。専門家の人に頑張ってもらおう。また、今までの企業の発想の転換がいいほうに転ぶか、悪いほうに転ぶか。それを見越せる経済評論家がいたら、その人は株かなんかで、儲かってリタイヤでもしているはず。批判的な意見を垂れ流すだけではなく、どうするのが一番ベストなのかも訴えてくれ。
企業にとっての節電は仕事そのものに関する重大な問題。こんなに必要だったのなら・・・そう、最初から手をうつべきだったんだ。でも今いってもしょうがない。
今後の見通しに、今回の教訓が生かせるのか。
「節電」効果をいいほうに転がすか悪いほうに転がすかは、やはり、個人の意思や思いとつながっている。七転び八起きばりに、揺らぐと思うが倒れたり起き上がったりしながら、どんな、教訓として残せるのか、やはり、いざやってみようではないかw
えっ?倒れたままにならないかって
・・・まぁ、このさい、誰かひとりが起き上がれればいいさっ
