勉強ってなんだろう


大抵の子供は、つまらない、しんどいと思っている。

確かに。しんどい。おもしろくない。

僕も。 受験が無ければ、一瞬でやめる決断ができるだろう。

しかし、半分の子供が、嫌だけど

しなければならない。しといた方が無難だ。と、

その人にとってそれなりの勉強をする。


勉強はつまらない。が、やる。やらなければならない。


どこかに面白みはないものか。



「君が星こそかなしけれ」

中学の時に出会った文だ。それもトイレで。 

すばらしい言葉との出会いは、なぜかピーンとくる。

この文を見たとき、中学の頃の助動詞を知らない僕。

は、 君が星だったらかなしい 的な。的なニュアンスを含む。

感じだと思っていた。


高校で古典を習い、係り結びを習い、「けり」には過去・詠嘆の意味が

ある事を知る。

そうしてやっと、君が星だったらどんなに可愛いだろう。

といった意味が分かった。


このときやっててよかったな。と思った。そういう瞬間。


子供の生活にはほとんど勉強は関係ない。

すべては大人になってから。なのかも。


大体、モラトリアムなのだから。この時期に

学問から逃げてどーすんだ。という気持ち。



将来出会う、ハイセンスな言葉。映画。本。出来事。ジョーク。

知性が無ければ、こういうものを素通りしてしまう。

それは悲しい。





勉強する意義を考えてみたところ、こんなもんだった。


僕が大学に行く理由は、

僕はロックンロールをやるために生まれてきたんだ。

という確信に近い戯言が、

戯言だった時のための保険です。



今、行為後、1分以内に書き上げたので、

普段より賢い僕です



最近読んだ本に、「少欲のすすめ」というのがあった。

これによると、幸せとは現実÷理想であるとあった。

つまり、幸せに近づくためには、分子をかぎりなく大きくするが、

分母を小さくするかである。

幸せを考えたときに、たとえば可愛い彼女が出来たとか、

仕事(勉強)で大成功したとか、、、、

分子しか考えてないのでは?



「わたしは、家族が健康であればそれで幸せだ」などという、おばぁちゃん、おじぃちゃんを

見た事はないだろうか。

これは、分母を家族が健康以外のものを棄てているわけです。

分母を小さくすることを考えてみてはいかがか。



というものであった。

















これをふまえてぼくは、









ほんと、もうしょうゆさえあればいいよ。





を分母にもってこようと思いました。

あの液体は神。(直接飲むものであれば、コーヒーが神)




「笑い」とはなんぞや?

僕の人生のテーマになりえます。(他には、愛・女性・死・ポテトチップス(うすしお)・ポテトサラダなど)

ただ一ついえることは、絶対に僕には必要であるということです。

笑いがない生活はつまらない。しかし、笑いを必要とする生活は苦しい。

今の世の中は(少なくとも、僕の通っている高校では)後者なのでは、と思う。

だから、僕はいかに人を笑わせるか、笑われるか、自らを笑えるかを求めている。


笑い

小笑・中笑い・大笑い・爆笑

微笑み・嘲笑・にが笑い・思い出し笑い・苦笑・・・


なかでも、相手が我慢しようとして、こらえようとしてる時が至福。

顔に出さない笑いなども好きだ。

相手には思い出し笑いさせたい。




「笑い」を意識して、この子供も老人もすなるブログといふものを書いてみようと思います。