体が小さく病弱だった私は。母からすると、目が行き届く範囲に置いて、安心して育てたいとの思いが有つた様です。
でもそれは私からすると、願つたり叶ったりでした。
いつも私達の為に、自分の痛みを堪えながら、夜遅く迄仕事をしてくれている母。
皆が寝静まつた深夜、眠っていた私が微かな気配で、 目を覚ますと、必ず眠る私の脇に座って針仕事を続けている母がいました。
六畳一間の小さな家、生活費も家に容れず、滅多に家にも寄り就かない、父を除くと、それでも5人家族でしたので、 誰が何をやっていても、直ぐに解りました。
眠る時は母も一緒なのに、子供達には心配させまいとして、 皆が寝入ってからも一人で起きだして、夜なべ仕事をしていたのです。
こんな事から、ひよわな私でも何か母の役に立ちたい。
疲れた体で、もし倒れでもしたら、私達のせいだ、 そう思うと、いたたまれず、母の側にいつもいて、守ってあげたい、それが私の願いでした。
そして、毎日夜遅く迄、座って針仕事を続けてきた事で、 体中に痛みや痺れが残り、リユウマチが進行していたのだと思いました。
その上、目を酷使して来たので、針穴に糸が通りません、 私は、いつも体中の痛みを訴え続けていた母の痛みの部分を擦ったり、
肩叩きもしました。
リユウマチなので叩くと痛いのですが、
小さい時から子供が自発的に、肩叩きをしてくれる事を、誉めていた母は、
痛みがあっても、笑顔を浮かべて、我慢していました。
でも私は解っていました。 ふとした母の顔の表情や体の動きで、読み取れたので、自分なりに、考えて優しい肩叩きをしたり、しました。
又、視力が落ちてきた母の変わりに、小さな針穴に、糸を通すだけの事で、凄く喜んでくれました。
そんな時の母の顔を見るのが、とても嬉しく、
又、少し大人に近付けたような高揚感で満たされるのでした。
でも母の心配は、私の頭の方でした。
生死を争う怪我でしたので側に置いて、観察も出来たのでした。
その為、回復したとは言うものの、頭頂部分の陥没事故です、 体が弱く集団生活の経験も無い私が小学校に入学して、果して皆について行けるのか、
万一、激しく運動して機能障害でも起こせば等と、 心配ばかりする母でした。
そんな時、またしても事件が起きるのです。
続く………
でもそれは私からすると、願つたり叶ったりでした。
いつも私達の為に、自分の痛みを堪えながら、夜遅く迄仕事をしてくれている母。
皆が寝静まつた深夜、眠っていた私が微かな気配で、 目を覚ますと、必ず眠る私の脇に座って針仕事を続けている母がいました。
六畳一間の小さな家、生活費も家に容れず、滅多に家にも寄り就かない、父を除くと、それでも5人家族でしたので、 誰が何をやっていても、直ぐに解りました。
眠る時は母も一緒なのに、子供達には心配させまいとして、 皆が寝入ってからも一人で起きだして、夜なべ仕事をしていたのです。
こんな事から、ひよわな私でも何か母の役に立ちたい。
疲れた体で、もし倒れでもしたら、私達のせいだ、 そう思うと、いたたまれず、母の側にいつもいて、守ってあげたい、それが私の願いでした。
そして、毎日夜遅く迄、座って針仕事を続けてきた事で、 体中に痛みや痺れが残り、リユウマチが進行していたのだと思いました。
その上、目を酷使して来たので、針穴に糸が通りません、 私は、いつも体中の痛みを訴え続けていた母の痛みの部分を擦ったり、
肩叩きもしました。
リユウマチなので叩くと痛いのですが、
小さい時から子供が自発的に、肩叩きをしてくれる事を、誉めていた母は、
痛みがあっても、笑顔を浮かべて、我慢していました。
でも私は解っていました。 ふとした母の顔の表情や体の動きで、読み取れたので、自分なりに、考えて優しい肩叩きをしたり、しました。
又、視力が落ちてきた母の変わりに、小さな針穴に、糸を通すだけの事で、凄く喜んでくれました。
そんな時の母の顔を見るのが、とても嬉しく、
又、少し大人に近付けたような高揚感で満たされるのでした。
でも母の心配は、私の頭の方でした。
生死を争う怪我でしたので側に置いて、観察も出来たのでした。
その為、回復したとは言うものの、頭頂部分の陥没事故です、 体が弱く集団生活の経験も無い私が小学校に入学して、果して皆について行けるのか、
万一、激しく運動して機能障害でも起こせば等と、 心配ばかりする母でした。
そんな時、またしても事件が起きるのです。
続く………