小学2年生になりました。夏の事です。もうすぐ僕の家にお客さんが来ます。これから長い間、一緒に過ごす事になるかもしれません、そのお客さんの為に家を作る事にしました。

道路を隔てた家の前には、大きな川があり、昔は、よく氾濫していたそうです。大雨や台風の時には、決まって川の上流から、板切れや、材木が流れて来ました。

それ等を拾い集めて乾かし、少し大きめの、犬小屋を作りました。3日間かけて他所の犬小屋を参考に、待望のお客さんの家の完成です。

カナズチで自分の指を叩いてケガをしたりしながら、覚束無い、自分の腕で作った傑作です。
果たして、お客さんは気に入ってくれるでしょうか。

所々隙間もある飴細工です。勿論、材料費は只です。いよいよお客さんの来る日が来ました。

僕が初めて母に、無理を承知で頼みこんだお客さんを、連れて来る日です。

2年生になって親しくなった、同級生のS君の家が農家で、僕が山羊が好きだと答えると、早速、家に子山羊がいるから貰ってくれないかと、持ち掛けられたのです。

貧乏な僕の家では、買えるゆとり等ありません。暫く躊躇していましたら、《お金なんか要らないよ、》それを聞いた僕は、何かの聞き間違いかと思いました。

もし本当であっても、只で貰える等、僕にはそんな厚かましく、恥ずかしい事を、聞き返す事は出来ませんでした。

ひょつとしたら、僕の家の事情を知っていて、同情して言ってくれたとしたら、気持ちは凄く嬉しくても、お受けする事は出来ない。

そんな家庭に育つと大人になった時、世の中を甘く見て人を頼ってしまい、独り立ち出来ない人間になつて、結局自分が苦労する事になると
よく言われてましたので、我慢するしかないと考えるのでした。

でも友達になったS君は、山羊が何匹もいて、余っていて、飼うのが大変になったから、本当に山羊の事が好きな人なら只でいいと言ってくれたので、途端に僕は嬉しくて、小躍りし元気が沸いて来て、お礼もそこそこに家に跳んで帰って来ました。

早速母に相談しました。母は何で山羊を飼いたいのか、聞かれたので、《大きくしてミルクが搾れるようになったら皆で飲める様になり、家も助かる》と、説明した処、

それなら途中で投げ出したりしないか、ちゃんと自分で世話して育てられるか、《餌もやったり散歩もさせなけれはならないよ、その覚悟はあるの、自分で責任もって出来るのなら、お母さん反対しないよ》と言われました。

母からは、只で貰う訳にはいかないので、お礼を言って少しでもお金を渡すように言われました。

僕と山羊さんとの関わりは、兄妹の中で僕の時だけ母の乳が出なくて、山羊さんのお乳を分けて頂いて、育つた事を母から聞いていたので、山羊には愛着を感じていたんだと思います。

山羊さんの小屋は、6畳一間の家の裏手で1㍍程の通路に作りました、S君のお父さん、お母さんにもお礼を言って、山羊さんの首に縄の紐をつけて連れて帰ります。

子山羊はS君の家から離れる時、両足を踏ん張つて抵抗し中々ついて来ません。メー、メー、と哀しく泣くのです。

その時は僕の心も痛み、涙が自然と出て来ました、暫く近くで遊ばせて、様子を観ながら引っ張って連れて行きました。

親と引き離されて心細く、寂しく泣くのだと思うと、何だか僕も哀しくなって来ました。

もしこれが人間だったらどうだろうと思うと、とても辛く、山羊は片時も泣くのを止めません、メー、メー、と泣き続けていました。

僕が悪い事をしている罪悪感で、わずか500㍍程の距離ですが、途中で可哀想になり、何度も立ち止まって、余程返しに行こうかと考えました。こんな事なら貰って来ないほうが山羊さんの為に、なると考えてしまうのでした。

でも母から許しを得て、少ない中から、少しでもお礼のお金を渡してしまっている事を考えると、それも出来なく色々な考えが頭をよぎるのです。その全てが僕にとって辛い選択しか浮かんで来ませんてした。

家に近づいて来ると、何かを感じて諦めたのでしょう。山羊さんの目を見ると涙が滲んでいて、泣くのを止めました。

人間が一番怖い事をするんだと感じました。
僕達家族の仲間入りをした山羊さんを飼って、初めて大変さが解りました。
早朝、早い時は3時過ぎから起こされて、泣き始めるのでした、僕達は睡眠不足で眠れません。

直ぐ起きて眠い目を擦りながら、近くの草場に山羊と散歩が日課になりました。山羊も寒いのでしょう、母に、家の中で抱いて育てると話したら、  
家族全員に反対されました。兄妹はそれでなくてもうるさくて眠れないと不評でした。

僕に似て発育の遅い山羊さんを飼い始めて、半年程した或る日の事、学校から帰って早速、山羊さんを散歩に連れて行こうとした処、山羊は留守で見当たりません。

母に聞きました《山羊さんがいなくなつた、お母さん知らない》しっかりカギをかけてたのに、お母さんの処に行ったのかも知れない、山羊さんさがしてくる。

直ぐ家を飛び出しました。後から母の声が聞こえたのですが夢中でした。
その時の母の対応が何か不自然に感じられました。

そう言えば最近山羊の発育が遅いので、僕に体が痩せ細って《この山羊は大きくならないかも知れないよ、大きくならないとミルクも出ないよ》等と、話す事が多くありました。

確かに僕が草場に連れて行って、その草を食べるだけなので、栄養が体に充分廻らないかも知れないと考える事が多く有りました。

又、もし病気になったら死んでしまうかも解らない、とも言われて心配していました。そうなったら売れない、みんな僕の責任です。

《今のうちに買い取って貰ったほうが良いのではない》と言われました。

僕は応じませんでした。この半年、辛い想いをして育ててきたのに、今更手離す事等考えられません。山羊さんも立派な生き物です、辛さや哀しみも人間と何ら変わりません、

人間だけが何か勘違いして、特別に選ばれた動物だと思うのは浅はかだと感じていました。僕の我が儘の為に皆に申し訳なく想っていましたが、

その内ミルクが出るようなったらみんな解ってくれて、山羊さんに感謝して喜んでくれる様になると思っていたのです。

暫くして見っけられず家に帰って来ました。母が待ってて僕に謝って来ました。《無断で売ってしまって御免ね。》僕は薄々気ずいていたのです。母のお金で買えた山羊さんです。

悔しくても文句は言えません。実は外に飛び出した時、すでに涙が出始めていたのです。遅かれ、早かれ、何処かに売られて行くことだろう、と感じていたのです。

暫く離れた川岸の隠れる所にすわって、涙が乾くまでそこで時間を過ごしていたのです。

母に何処に住んでいる人が買っていったのか、教えてほしい、山羊さんに会いに行きたい、と言ったのですが、ごめん解らないんだとの事でした。

《今日の夕飯はご馳走だからね。》僕には聞こえません。僕は肉が嫌いでした。野菜しか食べられません。兄妹は大喜びです滅多に口に出来ない肉料理です。僕には大好きなカボチャや煮豆です。

その肉をみた途端、一度に目頭が熱くなり、号泣してしまったのです。僕の山羊さんが何処かで肉にされて、食べられているかも解らないと思うと、いてもたってもいられなかったのです。

皆で食べているこの肉が、そう思うと、さぞや恐ろしくて、さぞや痛くて、在らん限りの大声を挙げて悲しく泣いていたのではないか、そう思うと、

その日から4~5日何も口に出来ませんでした。山羊さんは何も悪い事をしていないのに、
悪い事なら全て僕に責任があるのです。

出来る事なら、僕が変わってあげたい、痛みも、苦しみも、恐怖も全て、僕がS君の所から貰って来なければ……

続く……