ある日曜日の午後の出来事です。
父の借金を取り立てに来た人がいました。

明らかに普通の人と違う風体をしていました。

家には一銭も無い、それ処か、明日の食べる米も無い、どうやって明日過ごすか考えている所だ。 

家の中を見てくれ、金が有るような家に見えますか、と母は言いました。

すると、その男は借金が返せないなら父は預かつた儘だと言うのです。

その言葉に、即座に母が答えました。
良かったら、ずっとそちらで面倒見てくれないか、

どうせ、まともに家に帰って来た事が無く、帰って来る時は、借金取りがくっ付いて来る様な男だ、
何度も家族が苦しめられている、亭主とも思ってない。

それを聴いていた男は、暫く考え込んでいました。 そして、私達家族の様子を見回し、家の中も確認していたのですが、 わかった、それなら今からでも引き取りに来いと言うのです。

私達は本当は行きたく無かったのですが、そこで迷惑かけておく訳にもいきませんので、仕方なく母と私達は父がいる場所に引き取りに行きました。

着いた所はヤクザの事務所でした。
博打で負けた借金を清算しないので、そこに拘束されていたのです。

暫くして、男と父らしい者が出て来ました。
もう、ここには二度と来させないでくれ、出入り禁止だ、と言われて開放された父は、そんな時でも、ぷんぷん酒の匂いをさせていました。

おそらく、私達の状況を察したその男の人は私達に対する同情心から父らしい人を返してくれる事にしたのでしょう。

私達に取ってはどちらに転んでも、複雑な心境でした。

以降そんな事が何度もありました。 博打場に何度も足を運んでいたのです。

そんな時、父の威厳等を考え、散々耐え忍んで、父の再起を願ってきた母が、在る観点から父を庇う事の限界点を察して、

子供の親に対する考え方、信頼感が損なわれては子供の将来に取り返しの付かない禍根を残す事になる、

貧乏していても、これだけは子供を目の前にしてでも、 と限界に思えてきたのでしよう。

父の耳たぶを、思い切り千切れんばかりに引っ張って、痛い痛い止めてくれ耳が千切れる、と言う父に構わず、

耳が千切れたぐらいで人間死ぬ事は無い、
母の怒りは相当だつたと思いました。

母は、はんぶんやけくそになっていたんだと思います。掴んだ耳たぶを帰り着く迄、離しませんでした。……

また、此のような生活環境でしたから、ある時、市役所から税金の未納が重なり、度々催促されるのですが、支払いが困難で、

とうとう市から家財差し押さえの二人の職員が、赤紙を持ってわが家にやって来ました。

玄関を開けて、六畳一間の中を見回した途端、この家はダメだ、と二人で顔を見合わせて、

何やら意味深に目配せしていました。
その時、私の心は緊張でまるで、お巡りさんに捕まって取り調べを受けている犯罪者のような気持ちだつたと思います。

そして一番大事な茶箪笥に目を向けられ、その上に在るのは何ですか、 母が答えました、大事な仏壇です、 それと卓袱台、後は押し入れに布団が入っているだけです。

しかし、本当は仏壇の後に小さな三球ラジオを
台風等の情報を得る為にタオルで隠していたのです。 

この家は古くて大きな台風でも来れば、飛ばされるのでは無いかといつも思う程、脆弱な作りでしたので、台風情報は非常に大切な、命がけのニユースなのです。

二人の職員はそれを聴いて、確かめもせず、態度を替えて、 市の生活保護を申請したらどうですか、 この家ならすぐおりますよ。

赤紙を張れる様な物も、ほとんど無い、見た処、何人で住んでるんですか、と聞いてきました。
母は将来の事を考えて、生活保護だけはどんなに貧乏していても、受けたくない、と考えていました。
その時代は、あの家は他人様のお金で子供を育てて来たんだ、と後ろ指を差される様な時代でしたので、
どんなに貧乏しても、例え借金してでも、其だけはすまいとの思いが母にありました。

子供が大きくなっても、何か事あるごとにそれを言われ続けたとしたら、耐えられず母を恨む事になるだろうと考えての事でした。

それまで私は卓袱台も茶箪笥もラジオ、布団、学校の本等も全て持って行かれるのではないか、内心、子供心にびくびくしてその二人が鬼のように見えたのです。

私は来年から小学生です、兄のお下がりの教科書が新しくなって使えません。教科書を買うお金も用意出来て無いのです。

それ処か、産まれてこの方、靴下や靴等、はいた事も無いゴム草履の生活で一年中通して過ごしていたので冬場になると、手や足先が冷たくなり、そのうち尋常ではない痒みが出てくるのです。

それを過ぎると、金づちで思い切り叩いても、全然痛くないのです。 多分凍傷になっていたのです。

市の職員は意外に優しく、私達の環境に同情してくれて相談にもののつてくれる様な人達で本当に心から感謝しました。

私達は色々な人達に支えられて生きているんだという事を初めて感じ、大人になったら私も、この人達のように困った人達を助けて、その人達の喜ぶ顔が見たい。

私は、人の笑顔を見るのがとても大好きです。自分たちがこうして助けられて本当に嬉しく思つた様に、人は悲しい時、苦しい時、心配事がある時、笑顔には中々なれないと思います。

反対に嬉しい時、楽しい時、希望で心が満たされている時は自然に笑顔になるのではないでしょうか。

この時は、素晴らしい希望にもえていました。
………