先週、中国料理シェフの脇屋友詞氏の自伝を読んだ話を書きましたが、以前、世界のミクニと呼ばれるフランス料理の三國清三氏の「三流シェフ」と言う本を読んだことがあります。
三國シェフも脇屋シェフと同じ中卒で、丁稚奉公先で生まれて初めて食べたハンバーグに感動して「夜間学校を出た後の自分の将来がわからなかった。自分がこれからなにをしたらいいのかわからなかったが、そのもやもやが晴れた。ぼくは札幌グランドホテルのコックに成って日本一のハンバーグをつくる。自分は前に進むしか道がない。」と心にきめて料理人の仕事を選ばれたそうです。
そして三國氏の最初の仕事も洗い物でした。
札幌グランドホテルでは2年間で社員食堂の皿洗いから正社員になりワゴンサービスを任されるようになりました。
その次の帝国ホテルでは又、2年間レストランのパートの皿洗いを務め、結局正社員に成れなかったのですが、帝国ホテルのパート在籍最後の3ヶ月間、自分の足跡を残すべく帝国ホテル18軒全部のレストランの鍋を自発的に洗っていると、ある日突然、当時の帝国ホテル村上信夫総料理長がスイスの新しい日本大使館料理長に三國氏を推薦し、抜擢されました。
奇跡のような話ですが、三國氏が自分で道を選び、死に物狂いで頑張った結果だと思います。
私のISO審査・コンサルの仕事も、30年近く前に、有るお客様の勧めとISO審査員養成セミナーで知り合った方々とのご縁に始まり、TVドラマのような展開と繋がりが有り今日まで頑張ることが出来ました。
「自分には前へ進む道しかない。」諦めなければ努力は報われると思います。