弁護士 井上洋一の資格道~108の資格を超えて~

弁護士 井上洋一の資格道~108の資格を超えて~

2019年に宿願の108資格を達成しました!
2023年9月に200資格到達。
愛知の町弁が、資格の力を駆使して悪を斬るため、様々なライセンス取得を目指します(現在272)。

「法」「お金」「心」の問題の横断的解決のため、様々な資格の取得を目指しています。

株式会社レガシィより、わたしのセミナーDVD/CD「廃業寸前から生き返った 弁護士のプラスアルファ資格戦略」が発売されました(https://forms.gle/9DKSMPvwr499jn5n9)。

地域包括支援センターの方から、カスタマーハラスメント(「カスハラ」)対策の講演依頼あり。

 

ということで、今回は「クレーム対応スペシャリスト」資格講座をチョイス(*^_^*)

しかし、介護福祉とか、ケア業界のハラスメント被害って大変なんだよね。

 

なんでだろう?性善説に立つ業界特有の難しさもある気がしますね。

 

 

 

同じような構造がみられるのが、大学や教育機関、アカデミズムでのハラスメント。いわゆる「アカハラ」。

 

学問とか教育、理念を大事にする業界のはずなのに、金にまみれたビジネス業界より、モラル低い気がするんだよなあ。

 

私も去年、非常に悪質なアカデミックハラスメントを間近に見たのだけれど、自分はその場で何もできずに、本当に情けない思いをしたんだ。

 

 

 

アカハラは、大学という閉ざされた場で、力の強い教員が学生や若手研究者の将来や心の健康を奪ってしまう危険な行為だからこそ、闇の深い深刻な問題。

 

でも、日本の法制度だとハラスメント慰謝料は安いし、弁護士に依頼する費用も結構かかるしで、泣き寝入りする被害者ばかりだと思う。

 

法的なお灸をすえられないと、ハラッサーは反省する機会もないから、ますます増長して負のサイクルを繰り返す。

 

そう考えると、私も残りの弁護士人生で、アカハラの撲滅はライフワークの一つにしたいな。

 

その目的のためなら、利益度外視の安価な弁護士費用で訴訟しても構わないぞっと(^_^)v

 

 

 

別にね、特定の学会やアカデミシャンを潰したいわけじゃないけれど、業界が健全になってほしいと思う。

 

ハラッサーやそれを擁護する組織とは徹底して戦い、歪んだ闇を法の光の下に引っ張り出す必要もあるだろうな。

 

学問を志した人が、不当な支配で涙をのむことがないようにしたいよね。

 

なんか燃えてきたなあ、アカハラの学びを深められる資格もあれば、ぜひ挑戦してみたいですね(^^)/

たまには経営系の資格もいいよね(*^_^*)

 

さあ、私のGWも今日で本当に最終日、明日からはまた修羅の世界に戻るぞ!

 

最後にもう一つ資格の勉強をしておこう。

 

ちなみに、私は、国家資格の中小企業診断士でもあるからさ、経営や組織のプロでもあるわけ。

 

顧問先企業を見たり、紛争相手方の組織を見たりしていると、組織ってものの真理が分かるよね。

 

それは、「組織はトップ次第」という真理。

 

 

 

よく言われる格言だけど、本当に本当にその通りなんだ。

 

たとえば、こういうケースをよく見るよ。

 

ナンバー2としては、開発力もあり、構想力もあり、組織の優秀な推進力だった人。

 

ところが、トップになった途端に、最悪のトキシックリーダーになる。

 

本人の性質は何も変わってないんだけどね、ナンバー2のときは最高の武器だった人が、トップになると組織にとって最大のガンになる。

 

いわゆる「ピーターの法則」(人は無能になるところまで出世する)といってもいい。

 

 

 

周囲からは「器ではなかった」と失望されちゃうんだけど、それはちょっと違う。

 

それは、「適材適所」じゃなかっただけなんだ。

 

そのことに自分で気づける人はほとんどいなくて、組織と心中するまで分からない。

 

 

 

その間に、組織の生産性は低下し、周囲を傷付け、大量の被害者を作る(>_<)

 

諫言をする側近は粛正され、イエスマンの取り巻きだらけになる。

 

「あなたが優秀なのは分かってるけど、組織運営や人材育成には全く向いていないんだよ」、「関連業界からトップになってくれる重鎮を引っ張ってきて、お前はナンバー2のままでおれ」ともなかなか言いにくい(笑)

 

とはいえ、「適材適所」のマッチングほど、この世で難しいこともないのだろうな。

 

 

 

そこで、今回の「ビジネスコーチ」資格講座をチョイスしたってわけ。

 

コーチングでメンバーやチームの力を引き出すスキルが満載なんだってさ。

 

私も組織やメンバーの力を引き出すことはあまり得意ではないからなあ。

 

ちょっと気合いを入れて勉強するとしますか(^^)/

なんじゃそりゃ、と思わず笑ってしまう名前の資格ですね(笑)

 


でも、「自己肯定感」という言葉がこれだけ流行っている以上、いちおう押さえておく価値はあるのでしょう(*^_^*)

 

そうそう。弁護士しているとさ、DVやハラスメント行為者の相手すること本当に多いの。
そういうハラッサーを相手していると、「ママ、どこにいるの?」「ママ、助けて」と、とにかくウルサい。
もちろん、直接そう言ってくるわけじゃないけど、「ママ、ボクを愛して」というドス黒い精神が、オレの中に流れ込んでくるのよ(>_<)

彼奴らの「ママ、ボクを愛して」ルールは、

第1ルール「ママ、ボクが正しいって言って」

第2ルール「ママ、ボクの言うことを聞いて」

第3ルール「ママ、ボクのこと無視しないで」

に整理できる。
不思議なことに共通しているんだな、思考パターンが。

誰か専門家に分析してほしいくらい。

3つがそれぞれ違う心理的要求に対応している。

① 「ママ、ボクが正しいって言って」
これは、承認要求。
「ボクを否定するな」、自分を、まず「正しいもの」として扱ってほしい。

② 「ママ、ボクの言うことを聞いて」
これは、支配要求。
「ボクに従え」と、自分に従うことを求めている。

③ 「ママ、ボクのこと無視しないで」
これは、見捨てられ不安。
「ボクから離れるな」、沈黙や離脱が怖くて仕方がない。

 

3つを並べると、①正当化されたい、② 従わせたい、③ 見捨てられたくない

という三層構造になっている。

つまり、自信がない。

 

ハラッサーって、いくら権威で偽装しても、何か自己肯定感が低いんだよ。
これさ、ひと言で愛着障害的と言ってしまうのは簡単だけど、様々なケースを実地で見ていて正直むずいと思う。

「自分なら愛情を注いで治せる」って思って、ミイラ取りがミイラになった人を私も何人も見てきたもの。

一方で、ルールを逆手にとって自滅させることはできるけれど、それもつまらないしねえ。

 

さて、ということで、今回は「自己肯定感アップカウンセラー」講座をチョイス。

何かしらのヒントが掴めるといいかなと思いますね(^^)/

最近、不思議なのはさ、「言ってることとやってることが違う」人が結構多いこと。
普段は、「障害者の人権」とか「多様性」とか「対話」って、きれい事をぺちゃくちゃ言っているのに、実践が全然伴わない。
いざというときに何もしない、何もできない。
言行不一致、羊頭狗肉、二枚舌、ダブスタ、実に多い。

 

そんなんなら弁護士廃業せーよ、法律家名乗るなよって思われちゃうよね……。

わかる(>_<)
なんでなんだろう??
オレの周りには、口先だけの奴なんていなかった。
学歴はなかったり、地位も金もなかったりする奴ばっかだけどさ、筋は通す人が多かったよ。

二枚舌って、エライ人やインテリっぽい人の中にも多い。
何のために、知や力を手に入れたんだ?
ただ、こいつらを嘆いていても仕方ないんだろうな。

「これだけ立派なこと言っているんだから、きっとやるんだろうなあ」って期待しても仕方ないんだよ。

むしろ、それが所与の前提として、「では、どうやって言行一致させるか」、「口先だけの奴をどのように減らしていくか」を考えないといけないなー。
ということで、チョイスした資格がこれ。
「心理交渉術スペシャリスト~!」


動かないなら工夫して動かさないとね。

そんなスキルが学べることを期待しています(^^)/

メンタル系の資格ばかり勉強しているのも少し退屈なので、今回は違う方向へ。

ということで、次はキャリカレの「JADP認定 中国古典スペシャリスト」を目指してみることに(*^_^*)

しかし、本当になんでもあるな、資格のキャリカレ。
「一流のリーダーのための中国古典活用術講座」という響きが、なかなかうさんくさくてイイね(^^;)

 

もっとも、私はもともと古文・漢文の古典がかなり好きで。
学生時代には塾で教えていたくらいです。

もちろん、所詮は東大受験レベルの古文・漢文です。
それでも、当時の私のモットーは、

「古典ができれば、他科目なんてチョロくなる」

というもの。

 

古典、特に漢文は、ぱっと見ただけではよく分からない文章に、一二点やレ点を付けて、現代の日本人にも理解できる形に読み解いていく。

要するに、古典の勉強とは、

「一見意味が分からない文章から、その言わんとする本質を抜き出す訓練」

 

この力が身につくと、現代文はもちろん、受験英語にも、数学にも応用できる。
文章や問題の表面に振り回されず、構造を見ることができるようになるからで、「構造を抜く」ことができるようになると、応用範囲は本当に広い。

 

ところが、古典教育は軽視されがちですよね。

受験科目に入ってなければ、そもそも勉強しないものなあ……。
「一番不要な科目は古典だ!」って言われると、私なんかはもったいないなって思ってしまいます。
古典を読む力は、単なる教養ではなく、解釈の基礎体力だからです。

 

とはいえ、そんな私も、最近は古典からすっかり離れていました。

せっかくなので、久しぶりに古典を勉強し直してみようと思います。

一流のリーダーになれるそうなので。笑