弁護士 井上洋一の資格道~108の資格を超えて~

弁護士 井上洋一の資格道~108の資格を超えて~

2019年に宿願の108資格を達成しました!
2023年9月に200資格到達。
愛知の町弁が、資格の力を駆使して悪を斬るため、様々なライセンス取得を目指します(現在269)。

「法」「お金」「心」の問題の横断的解決のため、様々な資格の取得を目指しています。

株式会社レガシィより、わたしのセミナーDVD/CD「廃業寸前から生き返った 弁護士のプラスアルファ資格戦略」が発売されました(https://forms.gle/9DKSMPvwr499jn5n9)。

立派な合格証と認定カードをいただきました。

 

……もっとも、この資格、去年も受けてるんですけどね(>_<)

というのも、昨年の試験後、半年ほど経っても合格証が届かない。
「あれ?」とは思いつつ、忙しさにかまけてしばらく放置。
さすがにおかしいだろうと、試験事務局に電話をしました。


私「この間の労働法務士試験の合格証が届かないんですが」

事務局「合格された方には郵送しております」

 

私「でも、私には届いていないんですよ」

事務局「(やや困惑)……合格された方には送っているのですが……」

 

私「いや、私が落ちているわけないと思うんですけど」

事務局「(空気が一段階変わる)……不合格の方には送っていないんです……」

 

私「いやいや、合格していると思うので、得点データとか確認してもらえませんか?」

事務局「(完全に“ヤバい奴来た”モード)……もうデータは保存していないんです」

 

私「……すみませんでした」


はい。

ただのヤバい資格マニアでした。

ということで、改めて今年もう一度受験。
結果――

やっぱり合格。

まあ、社会保険労務士試験じゃなくて、民間の労働法務士試験ですからね。
日頃、労働法のプロとか言って、人前で講師とかまでしている身としては、そりゃあそうだろうと。

 

むぅ……去年は何かをミスったんでしょう。たぶん。きっと。おそらく。

いずれにせよ、今回はちゃんと合格証を受領し、無事に資格の数もひとつ増え268となりました。

よかったよかった(*^_^*)

 

それにしても、
「自分が落ちているはずがない」と事務局に電話する過剰な自信と勇気(?)と、
その後ちゃんと受け直すリベンジ魂だけは、我ながら評価してもいい気がします(苦笑)

しかし、次からは受験後に慢心して忘れてしまったりせずに、合格発表もちゃんと見て確認しようと思いますm(_ _)m

資格のキャリカレから「大人発達障害スペシャリスト」の合格証と認定カードが届きました(*^_^*)
相変わらず、ここの合格証は妙に豪華で、ちょっとした勲章のようです。

これで、私の保有資格は通算269個。

「何がどうスペシャリストなのか」はよく分かりませんでしたが、資格が一つ増えるのはやはり嬉しいものです。
ASDだのADHDだの、いろいろな診断名がありますが、名称や定義は時代とともに変わっていくものなのでしょう。

結局のところ、実感としては、「一生懸命がんばっても、なぜか社会となじめない」、そういう人たちの問題なのだろうと思います。

 

かく言う私も、根は高校中退者だから、世間とはなじめない系かな苦笑
自分に正直に生きようとすればするほど、真摯に生きようとすればするほど、世の中とうまくいかない――そんな感覚は身体が覚えている。

特性が強い人は、きっと生きているだけで疲れてしまうんでしょうね。
それが、うつや依存、非行や犯罪といった形で表に出てしまうこともある。

 

そうした特性に基づく苦しさを、病気や障害というカテゴリーに入れることで、救われる人がいる。支援の対象になる人がいる。
それなら、それはそれで意味のあることなのだろうとも思います。

ただ一方で、DSM-IIまでは同性愛が障害のカテゴリーに入れられていたという歴史もあるんだよねえ。。
「脳の病変」などという説がまことしやかに語られていた時代もあった。

そういうことを思うと、平均から逸脱した人や現象を、「疾病」や「障害」という箱に入れてしまう発想には、どうしても抵抗感があったりもする。

 

正直なところ、よく分かりませんね。

とりあえず、私にできるのは、現場の末端の弁護士として、人や社会が壊れないように、できるだけ長持ちするように取り繕うことくらいでしょうか。
大上段から偉そうなことを語るつもりも、きれい事を言うつもりもないです。

ただ、できるだけ長生きして、社会がこういった問題とどう向き合っていくのか、その行方を興味深く見守ってみたいとは思っています(^^)/

重要な裁判が無事に終わって、ようやくひと息。
私も身障者1級弁護士ですから、正直、体的には少し疲れました。

でも振り返ると、
「まあ、何とか助けることができたかな」
「一つの家庭の幸せが壊れずに済んだかな」
そんな気持ちが、あとから静かに湧いてきます。

 

私らマチベンは、儲かる仕事ばかりでもないし、名誉なことばかりでもない。

紛争解決なんて、きれい事なんて何一つない肉体労働の世界ですから。

それでも、やっぱり弁護士をやっていて良かったなと思う。

この力があれば人を救えるんだから。

正しい者を守れるし、道を外れた者でもチャンスを見つけてやれる。

 

知識や理屈だけじゃなくて、実際に手足を動かして、目の前の人のために最善手を考え抜くこと。

結局、それが一番大事なんだなと、裁判が終わるたびに思いますね。

 

ホッと一息ついていたところに、先日受けた「緊急時避難誘導員」の資格証が届きました。

英語だと「エマージェンシー・エバキュエイション・エキスパート」!

いいよね、場末のマチベンの私にはピッタリの資格だ。

写真がちょっとぼやけているのはご愛嬌。
そして極めつけがこれ。

「有効期限:永年有効」

いや、永年って(笑)。

いつまでオレは現場に立って働かないといけないんだよ。

まあ、性に合っているということで。また明日から、静かに、コツコツやっていきます(^^)/

 

 

を発注(*^_^*)

正直言うと、もうメンタル系はお腹いっぱい。

心理学のお念仏を唱えているよりも、私は手足を動かして紛争解決する方が性に合う。
でも「W資格」と聞いた瞬間、資格マニアの血が騒いでしまいまして……苦笑。

というわけで、またまた資格のキャリカレに課金してしまいました。

今回発注したのは「メンタル総合心理W資格取得講座」。


この講座を修了すると、「メンタル心理カウンセラー」と「上級心理カウンセラー」の2資格が取得できるそうです。

さすがにテキスト量は多めで、箱を開けた瞬間ちょっとひるみましたが(笑)、
上級編では「フォーカシング」や「芸術療法」も学べるとのこと。
そこは素直に楽しみですね。

 

今年は、自分自身のメンタルも一から見直したいと思っていたので、そういう意味では、ちょうどいいタイミングだったのかもしれません。

最近、もう若くないせいか、色々と時間配分を考えるんですよね。

今の私が迷っているのは、「自分の残った人生のリソースをどう配分するか」という点です。

  • マチベンとして、地に足をつけて紛争解決をする
     → これは絶対に外せないマスト

  • 親が高齢になってきたので、元気な内に美味しいもの食べてもらったり旅行連れてったり親孝行をしたい
     → 今年は積極的に休みを取って、後悔しないように、時間を親孝行に使いたいな

  • そのうえで、今後、私の本業とは関係がない他分野をどれだけ手伝うか
     → ここが今の課題。私267資格を持つ者だから、いろいろな分野から手伝い頼まれるんだけどさ、便利に使える雑用係じゃねーぞと。まあ、愚痴なんだけどさ、自分たちの分野の雑用くらい、どうして自分たちでできないんだろう?皆で少しずつ分担すれば大した負担じゃないと思うのだけど・・・。

ああ、あと私にとって資格取得はライフワークだから、そこにもしっかりリソース配分したいしね笑

今年はこの「メンタル総合心理W資格取得講座」をじっくり勉強しながら、悔いのない生き方を真剣に考えてみようと思います。

他者にリソース配分しすぎてガッカリさせられることが続くと、自分のメンタルも傷むんだよな。
それも含めて、今年のテーマですね(^^)/

新年一発目、新資格講座を発注。
じゃん、資格のキャリカレ「行動心理士」講座。

「人が“なぜそう動いたか”を、言葉ではなく仕草や行動から読む学問」、行動心理学を学べそうな講座です(*^_^*)

そういえば、最近、猫も杓子も「対話・対話」って言うでしょう。
「対話が大切だ」と言っておけば、なんだか分かった気になれる。
トラブルが起きれば、「対話不足だった」で話が終わる。

でも、この風潮は違和感があったんですよ。

対話が本当に有効なのは、お互いが同じ言語空間を共有しているときだけなんですよね。
言語能力が高い、現代社会ではエリートとされるタイプにとっては、対話はとても便利なツールです。
言葉で整理し、言葉で説得し、言葉で合意できる。

一方で、そうではないタイプも確実にいる。
むやみに対話を求められることで、不安になったり、恐怖を感じたりする人もいる。
誰だって、「今は話したくない」「言葉にされたくない」瞬間はあるはずです。

それなのに、対話は正義の万能薬のように扱われがちで、うまくいかなければ「対話が足りなかった」で片づけられる。
それって分かりやすいけど、本当に丁寧なんだろうか、と。

私も、対話大好き人間って、自分自身を善人だと思ってそうで怖いもの苦笑

 

まあ、私が弁護士で、言葉を武器にして相手を追い詰める職業だから、余計に対話の暴力性を感じたのかもしれないな。。

相手を殴って従わせるのはダメなのに、対話で詰めるのはなぜOKなんだろうか。
そんなつまらないことを考えながら、最近は言語に頼らないアプローチを探していました。
言葉以前の反応、感情、行動のクセ。
そこから理解できることがあるんじゃないか、と。

そこで見つけたのが、この資格「行動心理士」講座なわけ。
今年は私も、少し違う角度から「人」を見られるようになれたらと思います(^^)/