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速水修吾と中根理緒。佐川露樹。九条倫子。その場にいる全員の注目を浴びているのを感じているはずなのに、彼、日比野ユウキは意に介さず、持論を繰り広げる。
「何度か試してみて気づいたんだ。俺の場合、結びつけるのは『知識』みたいだ────だからさ、ほら」
先刻速水修吾につけられた手の甲の傷を、高々と掲げてみせる。トランプが刺さった傷口からは血が流れ、遠目でも流血が確認できる。その傷に、もう片方の手のひらを重ね、そして傷口を染める流血を舐めとると、再び披露した。
「傷が、消えた──?」
「仕組みはよくわからないけど、一度見聞きした力は自由に扱える。忘れない限り、何度でもね」
「なんてこと──」
「どうしてそんなことができるんだ、そんなの、見たことも聞いたこともない」
「こう言えば、理解してもらえるかな。俺、多分『守護神』なんだよ」
半ば伝説と化している『守護神』とは、ナンバリングが意味を持つ単語になる人の中でも、優秀な力を有する人物に与えられる称号のようなものだ。半端でない力の持ち主でなければ、そう呼ばれない。現在知られている『守護神』は、片手の指にも満たないほど少ないのも周知の事実ではある。
納得せざるを得なかった。ナンバリングが単語になり、その単語に見合った能力が使える者は大勢存在する。だが使える能力は単語の意味を為す一つのみで、複数の能力を扱える者はいない。『知識』の連鎖で幅広い能力を扱える者など、これまで一人たりとも現われていない。数少ない『守護神』ですら、複数の能力を使いこなす者はいないのだ。
「守護神……ですって?」
「そう。だって俺の能力、他のピアスの能力と比較しても、特殊な力っぽいだろ? 誰も見たことも聞いたこともない、他のピアスの能力を利用できる力。これって最強じゃない?」
「それに」と言いながら。日比野ユウキは何かを握った腕を、腰のあたりから、胸の高さに斜めに切り裂くような流れで動かす。
「こんなこともできるよ?」
手にしていたのは、黒色の携帯電話のはずだった。
それが、一瞬で形を変えていた。
先端の鋭く尖ったダガー。漆黒の痩躯は鈍い光沢を放ち、刀身は20センチほどで短い。
日比野ユウキが手にしているモノは、この場にいる誰もが一度は目にしたことのある、とても見知った武器に変化していた。
「な……んですって?」
「トランプを武器にするお兄さんと闘うなら、俺も丸腰じゃ駄目だよね。これってどうかな? かっこいい?」
「黒耀──」
誰とはなしにこぼれ出る言葉に、日比野ユウキは困惑した表情で首を傾げた。
「黒耀? これダガーだよなあ、この世界じゃ黒耀って呼ぶの?」
日比野ユウキは覇剣『黒耀』を知らない。知らないはずのものを体現してみせた事実は、一体何を意味しているのだろう。大勢のピアスと接触して様々な能力を目の当たりにしてきた九条倫子でさえ、日比野ユウキのような能力を見るのは初めてで、未知の可能性を感じずにはいられなかった。
漆黒のダガーを手に構える様は、なかなか見目がよかった。
果たしてどのくらい続いているのか。その場にいる立会者にはもう、時間の経過など問題ではなかった。
速水修吾のナイフが日比野ユウキの首筋ぎりぎりの軌道で投擲されて始まった、二人の戦闘。その激しさに圧倒されて立ち尽くしていたわけでも、両者の負った傷が生々しかったせいでもない。
ただただ、魅了された。
何に、だろうか。答えろといわれても、多分、誰も答えは見つけられない。詳細を説明しろと言われても、それすら無理だろう。
九条倫子の心の奥底で、何かがのそりと首をもたげた。それは日比野ユウキが戦闘慣れしている事実を知った驚きでも、戦いの流れの無駄のない美しさに覚えた感動でもない。それも、何と問われても説明できない。
ただ、魅了された。そうとしか言えない。
その奇妙な時間。速水修吾と日比野ユウキの戦いに終止符を打ったのは、ある一声だった。
「修吾。私が痛めつけたいのはそこの新人じゃなくってよ?」
一発触発だった雰囲気を打ち砕いた声の主に、全員の視線が注がれる。
「理緒?」
沈黙の中、動揺を隠せない速水修吾の短く小さなつぶやきに、さらに彼女の声が重ねられる。
「腹立たしい新人をいたぶるより、重要なことがあるんじゃない? 何のためにわざわざ、貴方を誘ったと思ってるの」
感情の起伏が感じられない言葉。決して大声を張り上げたわけではなかったが、意識は別の対象に向いているといった印象を受ける声は、周囲にとてもよく響いた。
彼女の一言で平静を取り戻したのか、速水修吾が微かに笑みを浮かべた。
「──姫が、白珠のツユキとの戦闘をご所望だ。お前はまた今度、ゆっくり相手してやるよ。武器を磨いておとなしく待ってな」
「待てない!」
そう言うなり。日比野ユウキは自身に投げられて足下に散らばった数本のナイフを、元の持ち主めがけて投げ返した。彼らも油断していたわけではないが、投げられたナイフは速水修吾の頬や中値理緒の首筋など、至る箇所に、それぞれ小さな傷を作った。
「ちょっと! 女の子の身体に、なに、傷作ってんのよ!」
先刻までの落ち着き払った印象が幻のごとく、苛立ちをあらわに捲し立てながら、中根理緒は傷口に手を当てて、日比野ユウキを鋭い視線で睨みつけた。許さないんだから、そう叫びながら傷口に当てていた手の中指を立てて、日比野ユウキめがけて力いっぱい見せつける。
「おーい、それ、女の子がする仕草じゃないよー?」
「うるさい!」
怒りに我を忘れそうになっている少女を尻目に、日比野ユウキはいつもの笑いを口元に浮かべる。
「だけど、傷、治っちゃったね。触っただけで傷を癒せる、それが君の能力なわけだ?」
「だったら何なのよ! すごいでしょ! 神懸かってるでしょ! さあ、感動しなさいよっ!」
「うーん、単に事実確認したかっただけなんだ。ピアスのメンバーでナンバリングが単語になってる人は、何らかの力を持ってることが多いってリンコさんが言ってたから、それが本当かどうかの確認だよ。そんなに怒らなくてもいいと思うけどな」
「じゃあ、もう見たからわかったでしょ! 私はHEAL。癒しの力を持つピアス、中根理緒!」
「で、そっちのお兄さんは──」
「俺? 俺はHACK、速水修吾だ。その堂々とした立ち居振る舞いからして、君も何か能力があるんだろう?」
「察しがいいね、速水修吾さん。聞きたい?」
「そりゃあね、こっちは名乗ったんだ。君も名乗るべきじゃないのかな? 白珠のツユキにそう説教してただろ?」
「一体いつから俺たちのこと見てたんだよ。でもそうだね、名前とナンバリングまで教えてもらったし、俺も名乗らないとフェアじゃない。日比野ユウキ、ナンバリングはLINK」
「LINK? なによそれ、結びつけるって意味じゃない。だったらそこの、新人案内人と対して変わらないじゃないの。もったいぶってるから、どんなにすごいナンバリングなのかって期待しちゃったわ、拍子抜け」
「うん、LINKって、確かにそういう意味。でもさ、俺、考えたんだ。『つなぐ』とか『結びつける』って意味があるナンバリングのリンコさんは『人』をつなぐのが得意だけど、じゃあ俺は、何と何を結びつけるんだろうなって。ナンバリングの『意味』は同じでも、結びつける『モノ』が同じとは限らない。そう思わないか?」
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