TwitterのTLで知る。

書くか、書かないか、

考えたけど

僕しか知らない彼が

居るような気がしたり、

僕のミュージックライフに彼の存在

がないなんて無いので


書かせて貰います。

書きます。



ふとした時に今も過ぎります。

彼の悪戯なんでしょうか。。

今思えば、数少ないサシで飲みに行くボーカリストのウチの一人で。

彼は冗談や皮肉が好きで

素直に接する時は少なくてね。

とてもシャイで、でも、とても熱く

そして、ウィットでユニークな男でした。

酔うといつも「骨」の話をしてました。

「骨」をモチーフにして映画とかの脚本を書くんだ。って、冗談なんだか、本気なんだか、分からないけど、何度もその話をしてました。都度、僕はそんな海外ドラマあるっしょ?って言うと、いやいや、それとは違う!と言って1からまた話し出す。この流れをサシ飲みなのにループして。。

出会った頃は、サシで飲みに行くなんて思ってなかったなぁ。

年齢も近いけど、一つ歳上、キャリアも人気も段違いなシンガー。

当時、僕らが開催していたロックイベントに興味をくれて、イベントに出たいと言ってくれたのが、始まりだったかなぁ。

僕がMCを担当させて貰っていたTVKの番組にも企画を持ってきてくれて、コーナーを丸ごと彼のディレクションで進めたり。プロレスやボクシングの対決前の記者会見みたいなのをやりたいと言い出して、番組の中で対決したなぁ。。(彼のバンドと僕のバンドが対決ムードを醸し出した結果、ライブ当日、ファン同士が最前列を争い、髪の毛を掴みあう喧嘩になってイベント中断したなぁ。。イベント責任者として謝りに行ったなぁ。w)

FM yokohamaにも一緒に出たなあー。

ここでもクールな感じとハードボイルドなステージにはない彼のユニークなトークが炸裂して、翻弄させられたなぁ。。収録後に、ランドマークの一階で別れ際に振り返り、セカンドバッグを片手に手を挙げて、「ツヨシ!ありがとう!」って言ったことが今も強烈に覚えてる。

その後も、彼のバンドがラママに出たいと言われ、ラママでイベントを切らされたり。(結果、僕のイベントより先に当時のラママの店長のイベントに出てたけどね。wリハに顔出せって言われて、顔出したなぁー。w)

表参道FABに彼のライブを観に行くのが好きだったなぁ。なんだろうなぁ、FABはファンの気持ちでライブが観れた。そこで奏でられる彼のバンドはいつでも最高のパフォーマンスだったなぁ。

そのバンドが動かなくなり、新しいバンドを組んだりしたのは風の噂では聞いていたけど、互いのバンドの活動の在り方がリンクしなくて会わなくなったんだ。

数年前、神奈川のライブハウスで僕がブッキングを頼まれていたバンドのライブに(今は激プッシュで売れ始めてるガールズバンド)、似つかわしくない男が居た。。ハイネケンのビールをグイグイ飲んでた。1番後ろで。気にせず事務所に戻ったら、その男が追っかけてきた。「おい!寂しいじゃねーか、無視すんなよ!w」って彼だった。

そのまんま、会わなかった時間の話を終電までして、腹抱えて笑った。久しぶりに大声で笑って翌日喉枯れてたのを今も覚えてる。

最後に彼に会ったのはラママでアコースティックスタイルでバンドで出て貰った時なのかなぁ。


以前のバンドとは違い

得意のトークが全開で、微笑みながらステージを観たなぁ。

MCと演奏のギャップが凄かったなぁ。

MC長いけど。w


彼の声は

変わらず

健在。。



元ドラマーとも言ってた。

アメリカンバンドのイントロのフレーズを余裕で叩いてたなぁ。。

太くて渋くてセクシーな声。

僕とは真逆の声。

焦がれたよ。

今も焦がれてる。



いつかまた対決のツーマンをやりたかっよ。

これは僕の夢だった。

叶わなくなってしまった。

でも、彼らしい様な気もする。


ご家族やバンドのメンバー、関係者の方々は


そう思えないかもだけど。


いつか僕がまた胸を張ってステージに立ち

センターマイクの前に立てたら。

もし、横浜であのイベントをまたやれたなら、

僕は「赤い花」を。

演奏が止まって

歌い出す

あの声を


一生忘れないだろうなあ。。



いつか僕がそっちに行ったらさ、また飲もう!
そして、聴かせてくれ。

下らない話としゃがれた歌声を。

んで、いつも通り、僕を存分にからかってくれ。

頼むよ。


ありがとね、直志くん‼︎

また会える日を楽しみにしてるよ。




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