久しぶりに休憩時間に斉藤一人さん動画を見てみた。
人気なのは分かるが乱発された全てを観てるほどこちらもヒマではないので最近は却って避けていたんだが、お金を掛けない金持ちの第一歩だとかそういう切り口のモノだけは見ることにしている。
お金を掛けない改善策は接客態度が先ず一つ、次に店舗の掃除に張り紙を変えるなどたくさんの事ができる。
私は軍人だからそういう視点で訓練時間が少ないというより「 無い 」今の状況でできる事を考える。
私は自衛隊で17年歩兵をやりハンパだとしても下級将校まで行った経験を振り返るだけでも無限に各個訓練の科目や実施方法が浮かんでくる、外人部隊で受けた訓練も今できる事などどれにしようか迷うくらいある。その気になればゲリラや民兵だって指導できる。
だったら自分で自分にソレをやればいいだろが、とそういう事になる。
戦場格闘技課程にエントリーした時も私が空挺隊員にも関わらず食堂で働いているから弱いだろうと侮る奴がいたし未だにそういう奴が認識を変えないのは別に私自身不満はないしそういう兵の存在はむしろ私に有利に働いてきた。
柔な横腹を晒していてくれる敵なら侮られてくれた方が私は安心だしそういう状況で怠けさえ、そして引きつける事を忘れなければ襲撃撃破計画などそれこそ無限に立てられる。日本人の一般人はともかく侍でさえ和を重んじ謙虚を謳うのは絶対そこだと私は信じている。
必殺技は一度見られたらテレビやネットのあるこの時代でなくとも千里を走り世間に知れ渡る、対策をその瞬間から講じられてしまう。だがそれをモロに喰らいその場で敵がバッタリ死ねば誰にも知られずに済む。
「 隠し剣鬼の爪 」
の様に。
一人さんはそのアイディアが浮かばない人は自分を怠け者だと思えとも言っていた。
そして一番やばい情報は、
「 無から何かを生み出すそこに成果を出せない人にカネを預けると必ずゼロになってしまう 」
という事、この工程を絶対スキップしてはいけないのだ。
無の時間なり無の状態で何も生み出す能力のない、そもそもがゼロの人間がいくらカネを持ってもゼロにしてしまう。ゼロに何を掛けてもゼロにしかならないという事なのか。
これは非常に深い洞察だ。
私も色々なピックを貼ったりトレード講座も売るが実はそこを最近ずっと考えていた。行動できない奴に何を渡しても何も生み出さない、だったら広告を貼れば行動したい人が買っていく、そしてその中の半分かそれ以下が最後までやり切った上で何かを生み出す。
トレードをやって失敗したからと腹を立ててそのまんま辞めればもちろんゼロ、そして失敗してもそこで分析と改善をしていけばやがて的中率が上がってくる、実は射撃もそうし格闘技も筋トレもそうだ。
ゼロの状態でヘソを曲げる奴は文句を言いながら開けた口に何かが天から降ってくるのを待っている、私の周囲にはそんなのばっかりだが自分の脳内では無に見えるこの空間に満ちた時間という存在がある限り私は何かが必ずできる。
実はゼロの空間はどこにもなく、無だと決めつけ思い込む怠惰が全てをゼロにするのだ。
少し上手く行かないくらいで改善策も立てられない奴はどこの職場でもお荷物、あるとすれば永遠のゼロとはこれかもしれない。
そしてタオの海に放り込まれれば、ただ無に還っていくだけ、朝の共用トイレを清掃しながらユーロに満たないサンチームコインを良く拾う、不思議だ。
フランス人も西洋人一般も日頃から文句ばかり垂れている怠け者全員がサンチームを貧乏人アイテムだと忌避をするのだ。
「 ここには何にもねえ、面白くねえから飲もうぜ‼️ 」
そして時間差はあるだろうが祖先と天からその授かったその肉体とこの世に存在する奇跡の時間を潰して今日も刹那の時で1日を潰してしまう、無の使い方、そもそも無なんて少なとも地球上にはねえんだよ。
今日怠け放題好き放題やった挙句足がへし折れて退職待ちのロシア人の怠け者がやっと辞めてくれる、先日は守衛に上っていたが夜の10時に友人とお別れ会をやるから閉鎖したバーの鍵を寄越せときた、無視して詰め所の鍵を閉めて寝てしまったがゼロがあるとすればこういう奴の事か?
いや、こういう人間でさえもクソではあるがフィードバックがある以上無ではない。
無とは幻だ、この世に無なんてない。諦めなければ何かが必ずできて何かが生み出せる。
ちょっと今日の私、もしかして少しイケてるのと違います❓