《喜ばない!》と怒る人、、 | けいのブログ

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リウマチを薬を使わないで治そうとしてます。気功、ヒーリングは体調改善にいい感じです。
子育て、夫婦、仲間、いろんな関係から自分の心クセに寄り添う日々。
ふと浮かんだ言葉をブログに綴ります、
よろしくお願いいたします

厄介な《プレゼント作戦》を施して、


厄介な《リアクション》を期待する


厄介にも、《喜び》一択しか認めたくない人



例えるなら、戦国時代のあの武将のイメージ


《ワシが注いだ酒が飲めんのか?》と言って


カーッ!となって刀手にするような、、



《豪傑な傍若無人に振る舞うような人間》からの


有り難くもない施しを《頂戴》する時の喜びが


フェイクなのに心から喜んだように現すことを


圧力で強要されてる



そんな関係性にある人間とは《おそれ》がある


前提に《従わないと怖い、殺される》おそれ持ってる


自分が絶対的に逆らえない、抗えないと認識してる


そんな関係性にあって、主従意識が強いんだ



その前提《立場が上の人間が拗らせタイプ》だと


怒らせたら暴れだすし、壊すし、手がつけられない


暴君になるのを予測できる


自分の身を案じることから、無用な争い態度を避け


平穏穏便に済まそうとなだめすかす態度になる



本音を出さず、ご機嫌伺いをする殿様の小間使いの


ような気持ち悪いエネルギー放ちながらも


表面上、何事もないかのようにやり過ごす



歴史上本当かどうか解らないけど信長と光秀のよう


行動の動機にあるのは支配的なエネルギー


それをおそれのエネルギーで動く家来



プレゼント施しつつ、リアクション要求してくる


喜べ!感謝しろ!を求めるやからは


自分が自分のことを満たすことをできないんだ


無意識でやってることなので難しいかもしれない



その厄介な拗らせ具合、半端ない思考で


《受け取りなさいよ!好意を!》と押し付ける


エネルギーに敏感な人ほど、境界線薄いほどやられる



施す側の前提には断ることを許さない思考がある


そのご無体な考えを、自分の傲慢な思考を


見つめることが彼らにはできないんだ



《与えてやってるんだ!有り難く受けとれ!》


そんな強いエネルギーぶつけにきてることがある



私自身の考えは、何でも有り難く頂戴して


自身が喜んでいるならいい、けれども


まるで選択肢も与えられずに一方的なエネルギーで


ぶつけられるその交流に納得できなかったんだ



選ぶ権利も、断る権利もある、あってもいい


そう思ったんだ


断りをしてもしなくてもいい、変わらない愛情


それこそ、求めている関係性だから



欲求の捌け口になる事が許せなかったんだ、、


例え、非難された結果になっても私は自分を守った


尊厳を。権利を。自分の意思を伝えた。


それで良かった。自分の課題だったんだ




何でも断ることをいけないこととして育った人間や


何でも愛情からだと有り難く頂戴する姿勢で


《断ることを許さない》前提に成り立ってる



本気で、愛からだと、与える側が思考している


厄介なのは、その考えを変えることが難しい



作ってあげることが愛


やってあげることが愛


何でも愛情からしてると本気で思い込んでいて



相手の都合、いらない意思を聞いたり感じたり


観照する視点がまったくない



過保護タイプを受けて育ってきた親が子どもへの


愛を同じように過保護にやりすぎてることを


まったく気づけない



辟易している顔や態度を示しても、取り合わない


まるで、暴走列車のようにそれを成すまでの


猛執が激しいんだ



なので、断ってもムダと解りきっている子どもは


断るというアクションを最初から諦めている


いいも悪いも、権限が最初からない、と諦感が強い



年端のいかない子どもにするのもどうかと思うけど


中年期過ぎた人間にし続けて、なお気づけない


そんな親がいる



烈火の如く激しく怒るんだ、断ったりすると


憤怒の顔が浮かぶようだ、不動さまみたいな



それって。。冷静に考えれば、コントロールじゃん



ただの、思い通りにしたい欲求押し付ける行為


好意と名を借りた自己満行為の対象として


ターゲットにされてること、気づいてる



頭いいそぶりして、スマートに対応して


《ああ、わかったわかった、ありがとう》


そうやって、その場しのぎにごまかし続けた戦法で


これまで生きてきた、ウソっぱちの交流戦略


ニセモノの仲良し家族、にさようなら



それはメンドクサイ相手の為にエネルギー消耗を


したくなかったから、保守的に逃げた形



断ることが許されないって。独裁制じゃん!



本気で愛だと思って行動する行為は有り難くても


自分がイヤだというのにごり押しして喜べと


強要してくるやからの言うことを聞き続けて


自分は喜べてる?嬉しいって言える?



《ノー》を言えない日本人。。


ノーに特別抵抗感あるのは、なぜ、、?


断ることがものすごいハードル高いのは、、?



それって。生き方全般に言えること


忖度して生きてきた風土的な因習


本音と建前と、、



そして、シャドウの自分と向き合い受容していこう


誰かに見るその姿に、自分が嫌うシャドウが映る


思い通りにならない!と憤る自分の隠れた怒り


コントロールするココロ、少しずつ手放そう