おともだちパンチで象に勝つ -22ページ目

おともだちパンチで象に勝つ

猫のこととか  介護のこととか  娘7歳児のこととか  うつ病(自分)のこととか  


以前から食べたいと思っていた、カメパンの食パン。


一度、近くまで行くことがあった夫が出向いてくれたが、定休日だった。


今日、再度来店したらしく、土産に買って帰ってくれた。


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手でちぎって
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そのまま、パクリ。
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iPhoneからの投稿

どうもね。
気分は落ちてない。ご機嫌。
なのに、気合いゼロ。体が重い。
日中だるくて横になっているわりには昼寝ができない。

一日中頭が痛い。

でも抑鬱はないので好いのかな。



イチバンの理由はドライアイのせい、な気がする。
通院中の眼科には

「ドライアイを緩和して、QOLを向上しましょう!」

とのポスターが貼ってあり、ドライアイが生活の大きな支障になることを再認識する。



そのくせ、毎日、誰かのブログ読んだり、図書館で借りた本を読んだり、目を酷使。


はあ。掃除機かけたい。(笑)



先週作った、娘の遠足のお弁当。

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卵焼き
タコさんウインナー

人参の塩炒め
さつま芋のキンピラ
蒸しオクラのお浸し

長芋とナスの味噌そぼろ和え
カラーピーマンのソテー

プチトマト
雑穀おにぎり


冷食の唐揚げを買うの忘れて、前の日の残り物だらけになったよ。
卵焼きとタコさんウインナーは、朝焼いたので許してねん。
生まれてからずっと、娘の散髪は私がやっていた。


小さい頃は、少々左右の長さが違っても、気にはならないし、4歳くらいからはずっとロングヘアだったので、私の技術でも十分だったし。


小学生になって、髪をまとめるのが面倒になり、短くしようよと何度も説得したが、なぜか娘は「女子は髪の毛長くないといけない」と言い張り、ロングのまま私が時々前髪を切っていた。

(前髪はいつも私の希望で、眉毛の2センチ上に切りそろえていた。娘もそれはお気に入りのようで、眉毛まで前髪が伸びると、もうそろそろ切ってと言いにきた)


それがなぜだか急に、新一年生の入学式までにショートヘアにする!と言い出した。


初めての場所や人が、極端に苦手な娘は、最初「ハハが切って」と言っていたが、さすがにその勇気は無い。
ロングヘアの左右に2センチ以上の差があっても誰も気がつかないが、ショートヘアだとそういう訳にはいかない。


美容院に行くのに渋っていたが、ハハが切って大失敗して学校で笑われるのと、可愛らしく美容院で切ってもらうのと、どっちがいい?
と脅し、美容院で切ると渋々言わせた。



いつも私が切ってもらっている美容師さんに予約を入れ、当日強張ったままの娘と一緒に出かけた。

髪の毛切る前には頭も洗ってもらえるねんで、と言うと余計に緊張した顔になったので、

頭洗う時はイスに座ったままやよ。
歯医者さんみたいにイスが上に向いて、お店の人が洗ってくれるよ。
服は着たままでいいねんで。

と説明すると、
「服着たままなん?!」
とすごく驚いて、少し安心した様子。


店の人みんなにニコニコと話しかけてもらい、希望通りマリコさまヘアにしてもらった娘は、店を出た途端に
「めっちゃ気持ちよかったわ!また伸びたらここに来ような!」と超ご機嫌で飛び跳ねていた。

店では何を聞かれても、恥ずかしがって黙っていたくせに。



いつもお店では大人しか見たことが無かったのに、不思議とこの日は、娘の他にも5.6歳の子どもが2人も来店していて、みんな一列に並んでカットされていた。


店の人も、こんなの初めてですよ!と驚いていて、大人仕様のイスに腰掛けて偉そうにカットされている姿は、面白すぎて可愛らしかった。


これでもう散髪係はしなくていいなと楽にはなったけれど、カット代がこれからは必要になるか。
もったいないから、やっぱり私が切ろうかと思ったけれど、もうハハは切らんでいいと言われるだろうな。


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ようやく、ケアマネ研修最終日です。



午前中は、研修4日目に検討した事例のケアプランを提示され
(自分たちで作ったプランではなく、研修先が用意したプランです)
各班が同プランを元に、サービス担当者会議の演習を行いました。


まずは、対象者Aさんとその妻

訪問リハビリ担当者
デイケア担当者
訪問介護担当者
主治医

ケアマネ


と配役を決めます。


各々得意分野(現職)で自分の役を決め、特に何も無い私は、Aさん妻の役をしました。


私の中で勝手に、Aさんは奥さんには強いが無口であまり発言しないため、妻があれこれと話しを勝手にしてしまう、と設定していたのですが、Aさん役となった男性は以外にもおしゃべりで、妻以上に口達者でした。



会議は、ケアマネが各担当者にプラン確認と詳細の説明を求めます。
各担当者はAさん夫婦と他の担当者に、このプランで何をどうするのかを説明していきます。
そして、何か疑問は無いか、この内容でいいか、他に必要なことはないか、を話し合っていきます。


色々話し合った中でも一番もめたのは、訪問介護(ヘルパー)による、自宅での入浴介助の時に、誰がお風呂の湯を入れるか?でした。


Aさん妻(私)はてっきりヘルパーさんが来て、お湯を入れてくれるものだと思っていました。
その事を確認すると、訪問介護担当者から「それはこちらではしませんよ」と
当たり前のように言われました。

Aさん妻(もちろん私です)はその言い方にカチンときました。
訪問介護の世界ではそれが当たり前なのかもしれませんが、一般の人はそんなこと知りません。
もしそれができない事柄だとしても、
「私たちがお湯を入れれば、奥さんに楽してもらえるのでしょうが…」と残念そうに言ってくれ、
できない理由等を丁寧に話してくれれば素直に納得できます。


Aさん妻(しつこいですが私です)は、自分がなぜお湯を入れないといけないのかと文句を言いましたが、訪問介護担当者からは時間が無いこと等説明を受けました。
それでも…とやりあっている姿を講師が見ていて
「そういう話し合いを、担当者とAさんたちが直接してはいけません。ケアマネが間に入って、話しをまとめていかないと」と注意を受けました。


もちろんAさん妻(もういいですか?私です)は全く悪く有りません。
Aさん夫妻が会議の進行を気にする必要は全く無いのです。
各担当者が、会議を潤滑に進行するための協力は必要ですが、あくまでもその役目はケアマネです。そのためのケアマネです。
今回は、話しが膨らみすぎて会議がまとまらなくなりましたが、反対に誰も意見をせず、好いのか悪いのか分からないまま会議が終わってしまうことも有ります。


各々が感じていることを率直に言えるようにし、かつそれをまとめていく技量。
(解決していくわけでは有りません。問題がでてきたのならそれを明確にし、どうすれば解決に向かうか、何を検討していくかをまとめることです)



マネジャーという名前のついた人には、絶対に欠かせませんよね。
今さらながら、もっともっと勉強していかないとなあと思いました。



お風呂のお湯入れの他にも、病院では誰がトイレ連れて行ってくれるねん、家でのリハビリって何すんねん、等色々Aさん夫妻は聞いていましたが、実際はそこまで会議で話しをされる方は居ません。


Aさんたちは、何が分からないかも分からないのですから。
介護支援者の方も、実際やってみないと分からないことだらけです。



やってみて予想以上に上手く行く場合も有れば、ダメだったことも出てきます。
でも、Aさんは介護を頼んだ=上手く行って当たり前、と思っています。
ダメだとケアマネや他介護支援者が悪い、もしくは自分たちはもう普通に生活できないんだ、と悲観されてその後の新たなケアの提案を受け入れてくれない場合も少なく有りません。


おそらくこの初回の会議では、今後どんなことが有っても、今集まっている人たちがAさん夫妻を支えていくことを、Aさん夫妻に感じてもらえるのが一番の目的なのでは。
そう思っています。



会議の最後で、ある人が
「Aさん夫妻が何度も「不安や不安や」と言っていたこと、会議中にもこれからの支援にも、もっと考えていってあげないといけない」
と言ってくれ、ああこの人には気持ちが伝わっている、と嬉しくなりました。



長くなったので、後半はまた次回。




ケアマネ研修の記事
1日目) (2日目) (3日目) (4日目) 
5日目)(6日目)(7日最終日
昨日は、娘の娘の友だちと3人で、

発掘! モンゴル恐竜化石展

に行ってきました。
娘の友だちと一緒に行くのはコレで2回目です。
お母さんからは「本当にいいの?申し訳ない」と何度も言われますが、
いつも2人で出かけると、当たり前ですが私が娘の相手を100%しないといけない。
友だちが居ると、2人で勝手に遊んでくれるので、私も随分楽なのです。


で、恐竜の化石。

大っきいねーー。
なのにあの前足。何の役に立ってたんだろう。

10センチくらいの小さい赤ちゃん恐竜の化石も有って、これなら家で飼いたいなあと思ったり。

なぜか、首に食いつかれてやられている恐竜と、食いついたままの恐竜の化石が有って、
やられている方は分かるけれど、なぜ食いついてやっつけている方までが化石になってるのだ?ととても不思議。

娘が言うには、やっつけている最中に、後ろから鉄砲で撃たれたんちゃうか?とのこと。
その時代には、まだ人間は地球に生まれてないぞ、と説明すると、
宇宙人がレーザーで撃ったんちゃうか?ということになった。
100%違うとは言い切れないしね。


私は恐竜には特に興味がないが、遥か昔のものがこうして目の前に有ることに、とても興味を覚える。

ツタンカーメン展を観た時にも思ったけれど(コチラ
何万年もの昔に死んでしまった恐竜たちは、今こうして人間という生物たちに、骨を組み立てられて観られることになろうとは、それこそ1000%予想だにしなかっただろう。



こうして古代に触れると、明日地球が滅亡しても「別にいいかあ」と思えてしまう。