kenです。

 

 他言しないようにというA兄弟からの電話があった後,長老たちが牧羊という名目で我が家を訪問することはなくなりました。(A兄弟が個人的に2回程来られました。記念式の招待と近くを奉仕していたので寄ってみたとのこと。)

 

 私たちは,JW関係の雑誌や書籍,また講演関係の資料,大会の話をまとめたノート類,個人研究ノートなどをすぐに処分しました。(聖書と洞察の本は残しておきました。)家の中にJW関係のものがあることがとても嫌でした。

 

 協会に手紙を書いてみるのはどうかと提案されていたので,3月の終わりごろに協会あてに手紙を書きました。内容は,エルサレムの滅びの607年についての矛盾についてでした。

 

 返事が来たのは翌年の1月10日でした。簡単に内容を説明すると,あなたたちは,忠実で思慮深い奴隷を信じているのでしょ。それならば,その奴隷が説明していることは受け入れられるはず。何か疑問点があるならば地元の長老に相談することができる,長老たちは親身になってアドバイスをしてくれるというものでした。

 

 まったく答えになっていませんでした。JWの研究生は,エルサレムの滅びから2520年後が1914年。その年がキリストの臨在であることを学びます。

 

 当然,大半の方は西暦前607年が本当にエルサレムの滅びの年なのかを調べるはずなのです。なぜなら,それがエホバの証人と他のキリスト教とを異ならせている主要な教理だからです。その年が間違えていたらエホバの証人の教理は骨抜きになってしまいます。わたしは,騙されてしまいましたが,今はネットで詳しく調べることができます。

 

 歴史的に調べて,エホバの証人の言っていることに矛盾を感じるはずなのです。その時に,忠実で思慮深い奴隷が言うから間違いないという説明をするでしょうか。(そもそも神がおられ人々を救いたいと思っているならば,この問題に疑問が挟むようなことは絶対にされないと思います。)

 

 しかし,考えてみますと607年は間違っているなど口が裂けても言えませんよね。予想はしていましたが,手紙の内容には失望しました。

 

 協会からの手紙が長老にも送られているかどうかはわかりません。手紙の内容を長老たちに知らせようかとも思いましたが,これ以上関わりたくなかったのでやめました。

 

 JWの活動を止めて1年と8カ月になりました。同じ時期に集会に行かなくなった姉妹のご家族も自然消滅の道を歩んでおられます。そのご夫婦とは,時々プチオフ会をして楽しんでいます。

 

 活動休止したばかりの時は,木曜や土日になるとつい集会や奉仕のことが頭に浮かんできていましたが,最近は少なくなりました。今思うと,全時間の仕事をしながらよくやってきたなあと感心するとともに,なぜもっと早く気が付かなかったのだろうと忸怩たる思いに駆られる時もあります。どちらかというと後者の思いが強いですかね。

 

 今のところ,義姉が現役なので自然消滅という形をとっていますが,将来的には,断絶をする予定でいます。エホバの証人の組織の名簿に自分の名前が載せられたまま死ぬことは絶対にしたくないと思っています。

 

 わたしたちのブログはここで一区切りをつけたいと思います。

 

 何か思いついたら,書きたいと思います。

 

 短い間でしたが,拙い文章を読んでくださりありがとうございました。