手紙を出して2週間後に長老団の調整者A兄弟から電話がありました。

 なんと、私たちが出した手紙は王国会館の郵便受けに入ったままで、二日前に気づいて読んだとのこと。びっくり

 話をしたいと言われて、翌日の訪問を了承しました。

 二人で来ると言われたので、長年親しくしていたM兄弟(二年前に手紙を渡した一人)が来られるといいなあと思って、「M兄弟と久しく会っていませんねー」と言ってみました。

 

 次の日の午後、A兄弟とK兄弟(家族の事情で移転してこられたMTS卒、温和な方)が来られました。

 互いの近況などを少し話して本題に入ると、A兄弟はまず公式サイトの「エホバの証人でなくなった人を避けますか」についての説明を始めました。答えの一段落目に「避けることはしません」と書いてあるのは「遠のいている人」(不活発になっている人)に対してであって、わたしたちの場合は違うのだそうです。

 

 本当ですか?ポーン

 

 見出しにいう「エホバの証人ではなくなった人」とはエホバの証人を辞めた人を意味すると思うのですが、そうではなく、「伝道をやめ、仲間との交友から遠のいている人」だなんて・・・私たちの日本語の理解がおかしいのでしょうかはてなマーク

 「大学生ではなくなった人」と言えば大学を辞めた人であって、授業をサボって学校に行かなくなった人のことではないはずです。

 

 質問と答えが全くかみ合っていません。爆弾

 

 しかも、二段落目以降は「重大な罪を犯した人・・・聖書の道徳規準を破って悔い改めない」人が排斥されることについての説明です。

 では、エホバの証人の活動を止めるので個人情報を破棄してほしいと言う人はどうなるのでしょうか?

 

 

 ちょっと脱線しますが、公式サイトの説明はとても不誠実です。

 「エホバの証人についてのよくある質問」の同じカテゴリーの中で、「エホバの証人を辞めることはできますか」の答えを見ると、「組織との関係を断つ方法が2つあります。」と2つの方法がそれぞれ簡潔にまとめられています。

 これを読む一般の人や研究生はエホバの証人を辞めるも続けるも本人の自由なんだなと思うことでしょう。「忌避」があるなんて想像もつかないと思います。ムキー

もっと嫌らしいと思うのは、「伝道や集会に参加しなくなった人はどうですか。辞めた人とみなされますか」の答え方です。

 「そうはみなされません。・・・信仰を捨てたのではなく、落胆しているだけ・・・そうした人たちを避けるのではなく、慰めて支えます。・・・長老たちが率先して霊的な援助を差し伸べます。」と書いてあります。

 いかにも、不活発になった弱い人を思いやり優しくお世話するイメージを持たせますが、この答えの中に「辞める、つまり断絶することは、信仰が弱くなることとは違います。」という一文が無理矢理はめ込まれています。この一文が無くても、いやむしろ途中に無いほうがすっきりしたわかりやすい文章になります。

 この一文を別段落にすると「断絶」という言葉が目立つし、その対応についても述べなければならなくなるので、それは避けたい、でも「参加しなくなった人」はまだいいけど、「辞める、つまり断絶する」人は許されないよ、というメッセージはどうしても入れておきたい、といったところでしょうか。

 

 ちなみに、2年前私たちが伝道と集会に「参加しなくなった」時、すぐに避けられるようになり長老の援助もありませんでした。

 

 

 公式サイトの説明もA兄弟の解説も納得できませんでしたが、細かく突っ込むと組織批判をしているととられて面倒なことになるので、「そうですかねー?」と首をかしげながら、「では、わたしたちの場合はどうなるのですか。」と尋ねました。ニヤリ

 

 A兄弟はタブレットを使って「組織」の本を開きました。

 

 長くなったので続きは後で・・・。