埼玉県で公務員として働きながら“市民ランナーの星”と注目を集めたのち、プロに転向した川内優輝(36)。昨年秋のパリ五輪代表選考レース・MGCで30代半ばながら健闘し、再び脚光を浴びた。オリンピックイヤーの今年、川内はどんな戦略を描いているのか。今も生活の拠点にする埼玉に、本人を訪ねた。(取材・文:栗原正夫/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
フルマラソン129回完走の経験が生きた
「25~30キロくらいのときには、このまま逃げ切れるかもしれないと思ったんですけどね。最後はパリ五輪に対する気持ちの差が出たのかな。周りの選手は何としてもオリンピックに行きたいと思っているなか、私は心のどこかでMGCで自分らしい“いい走り”ができていたことに満足してしまっている部分がありましたから。負けた悔しさはあります。ただ、やり切った思いもあるので、レース後は晴れ晴れとした気持ちでした」
23年12月下旬、埼玉県和光市内のランニングコースのある公園で待ち合わせをすると、プロランナーの川内優輝(36)は開口一番そう話した。MGCとは、昨年10月15日に行われた、男子マラソンのパリ五輪出場をかけた(上位2人が内定)選考会のことだ。そのレースで、川内は序盤から一気に飛び出す。雨の中25キロ地点で2位以下に40秒以上の差をつけるなど、意表を突く大逃げに打って出た。終盤35キロ過ぎで後続に追いつかれ、最終結果は2時間9分18秒の4位。3位の大迫傑(32、東京五輪6位入賞)に7秒及ばず、パリ五輪内定(の2位以内)には12秒届かなかった。だが、日本のトップランナーが集う大一番での36歳になった元公務員ランナーの快走劇は、マラソンファンの目を釘付けにした。
近年、マラソンは高速化が進む。今回のMGCには61人が出走したが、川内の持ちタイム(自己ベスト)は2時間7分27秒と、上から数えて14番目。川内に対しては戦前、厳しい評価が多くを占めていた。3位で“暫定代表”となった大迫とも、持ちタイムで2分近い差があった。それでも、川内が主役に躍り出たのは、五輪や世界選手権、さらに国内の多くのレースで採用されているペースメーカー(高水準かつ均等なペースでレースを引っ張る役目の走者のこと)の存在しない、タイムではなく順位を競うレースだったからだ。フルマラソン129回完走という、川内のこれまでの圧倒的な「経験」が生きたのだ。「35キロまで私が先頭に立てていたのは、若い選手が多く、ついていく勇気がなかったというのが半分くらいで、あとの半分は私のことを『どうせ、どこかで落ちてくるだろう』となめていたからだと思います(笑)」「私は国内外で気候や環境、展開の異なる様々なレースを経験してきました。持ちタイムで劣っているならば、少しでも勝つ可能性を高めるために積極的に仕掛けるのは一つの手です。そういう選手が私のほかにいなかったのは残念。そのぶん私が目立てたのはよかったのですが、正直もったいない。五輪の出場権が取れなくても、いいレースをすれば記憶にも残るし、関係者も喜んでくれると思うんですけどね。
たとえば、昨年の杭州アジア大会でも日本代表の選手は、持ちタイムでは上回っていたのに中国や北朝鮮の選手に負けた。なぜかといえば、いつもペースメーカーについていき、その落ち幅をいかに少なくするかというレースばかりをやっているからだと思うんです。MGCでも、集団についていきながらどこまで粘れるか、という考えしかなかったのでは……。36歳の私が勝つようでは、日本のマラソンは暗黒期になってしまいます(笑)。若い選手には今後、五輪や世界選手権で結果を残すためにも、もっと海外に出て“選手権レース”を経験してほしいですね」
パリ五輪に向けた男子マラソンの残る1枠は、今後のMGCファイナルチャレンジの大阪マラソン(2月25日)と東京マラソン(3月3日)の結果に委ねられる。どちらかのレースで2時間5分50秒(日本歴代3位相当)の設定タイムを超えた最速選手が出ればその選手に、記録を超える選手がいなかった場合はMGCで3位だった大迫に出場権が渡る。大阪マラソンへの出場を予定している川内。昨年12月には防府読売マラソンで、自身5年ぶり5度目の優勝(2時間8分32秒)を飾るなど好調を維持する。期待も高まるが、「まずは自己ベストの更新が目標」と弱気だ。「ファイナルチャレンジはペースメーカーの付く、順位ではなく記録(タイム)の勝負ですし、5分50秒は私にとってなかなかのハードルです。なので、まずは自己ベストの更新! もちろん、できることはやっていけたらと思っていますし、コースの下見をかねて大阪ハーフ(1月28日)には出る予定です」かつては埼玉県で公務員として働きながら“市民ランナーの星”と注目を浴びた川内は、19年にプロへ転向。その後は、いわゆるフリーランスのプロランナーとして活動してきた。
「プロになった直後は、なかなか記録も伸びず、モヤモヤした気持ちを抱えていた時期もありました。そんな折に新型コロナの蔓延で予定していたマラソン大会やイベント出演の仕事が、30件から50件ほどはキャンセルになってしまいました。フリーランスの厳しいところで、仕事がなくなると予定していた収入はゼロですからね。スポンサーがなければアルバイトでもしなければいけなかったかもしれません(笑)。新型コロナが落ち着いてからは、マラソン大会で日本全国を回りながら、各地で講演やイベント活動をしています。競技者として第一線で活躍しながら、マラソンの普及活動もやるオンリーワンのプロランナーになるのが私の目標でしたから、これ以上ないほどに楽しくやらせてもらっています」
いくら普及活動を頑張っても、ランナーとして結果が出ているかどうかで影響力は違う。それだけに川内は、メダルこそ逃したMGCでも、久しぶりにインパクトを残せたのは大きかったと振り返る。「テレビ放送のあるレースで、ほとんどの時間、画面に映っていましたからね(笑)。MGCのあとは、地方に行っても『感動しました!』『頑張ってください』と本当に多くの方に声をかけていただきました」
「毎週レースに出て疲れないの?」って言われるけど
トップランナーの多くは、年に数回しかレースに出場しないのに対し、ほぼ毎週のようにマラソン大会(ハーフマラソンや中距離も含む)に参加するのも川内流である。MGCのあとの2カ月半、昨年だけで10大会に出場しているから驚きだ。
「マラソンと旅行が趣味の私にとっては、こんな最高の仕事はないですよ。好きなマラソンができて、地方に行けば温泉に入れたり、ご当地の名物だって食べられたりするんですから。よく『毎週レースに出て疲れないの?』って言われるんですが、毎週旅行に行けたら楽しくないですか?(笑)。公務員時代は平日働き、週末のレースが一番の楽しみで、レースに出るために働いてるような感じでした。それがプロになったら、旅行をかねてマラソンを走るのが仕事になった。こんな幸せなことないじゃないですか」日本中のマラソン大会を走ってきた。47都道府県の制覇まで、あと2県を残すのみだという。「走ってないのは2県だけです。でも、福井県のレースは24年に参加予定で、ついにリーチ。和歌山県のレースは、何度か出るチャンスはあったのですが、コロナや予定されていた日程の変更で行けなかったんです」
レース終盤のスペシャルドリンクは「コーラ」
36歳、ランナーとしては大ベテランと呼ばれる年齢に差し掛かってきたが、川内に老け込む様子は一切ない。いまもレース前夜にはゲン担ぎとして大盛りカレーを欠かさず食す。かつては死に物狂いの形相でゴールまで駆け込み、倒れ込むことも珍しくなかったが、そんな姿を見ることもなくなった。
「MGCの前も“ココイチ”で、ビーフカレーのごはん700グラムに、パリパリチキンとソーセージと豚しゃぶをトッピングしましたからね。そしたら、X(旧Twitter)で200万以上のインプレッションがあって、結果以上に盛り上がっていました。レース後に倒れなくなったのは、130回以上マラソンを走ってきて耐性がついたことと、レース終盤のスペシャルドリンクをコーラにしたことがよかったのかなと思っています。これまでも体が痙攣したとき、コーラを飲んで糖分を補給すると収まっていました。それなら理論上は終盤のスペシャルドリンク(給水)をコーラにしたら倒れないんじゃないかと思って(笑)。糖分だけじゃなく、カフェインも効いている気がします。炭酸は飲みづらい? 事前に炭酸は抜いて、ガス抜きコーラにアミノ酸とかを入れて改良しているので大丈夫です」
妻との出会いも「繰り上げ」から
19年に同じく陸上長距離ランナーの妻・侑子さんと結婚し、一昨年には長男の渉夢(あゆむ)くんが誕生した。私生活の充実が、競技にいい影響を与えているのかもしれない。「妻の理解もあって競技のときは集中させてもらっているのですが、やっぱり子どもはかわいいので、一緒にいると元気が出ますよね。たまに家で腹筋とかしているとおなかの上に乗ってくるので、ちょうどいい負荷をかけてもらっているというか。自分の息子と親子マラソンに出るのが昔からの夢だったので、一緒に走れるようになるまでは強い選手でいたいと思っています」4月にはパリ・マラソンへ出場するという。現状でMGC4位の川内は、パリ五輪の補欠候補でもあり、準備の一環だ。残る2つのMGCファイナルチャレンジで、2時間5分50秒を切る選手が出なければ、規約上は大迫のパリ五輪出場が内定し、川内が補欠になる。もし内定者にケガ人などが出たら、急遽出番が回ってくるかもしれない。
「本当は自分で5分50秒を切れたらいいんですけどね。ただ、それは簡単ではないので。もし繰り上げで補欠に決まれば、しっかり8月の五輪に向けて準備する必要があります。ただ、私はレースに頻繁に出ているので、ほかの選手のように準備に3、4カ月もかからない。補欠には最適かもしれません(苦笑)。繰り上げといえば、私は学生時代に妻とニューカレドニア国際マラソンで出会ったのですが、そのときも妻は日本学生女子ハーフマラソンで優勝していたのに対し、私は日本学生ハーフマラソン6位で、上位5人が全員辞退したなかでの繰り上げ出場だったんです。それで出会えたという(笑)。人生は何が起こるかわからん。」
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あい「よくわからんけどオラのいまの状況がチャンス到来って思う人もいるんかなって思うだけ。
知らんけど笑まぁチャンス到来って言って張り切ろうと知らんしさー。オラはそこの現場に関わりたくても関わる権利もないってこともあるし、知らんけど福井には来たことないのはわかったけど笑」