アルバムを制作するってやっぱり本当にスゴいステップなんだなぁと、人とのやりとりや、自分の中から出てくるアイディアや気づきに毎日感動しっぱなしなもので、そんな興奮からまだBBA(Beautiful Brilliant Ageね💖)をこじらせているので、今日も5時半とかに目が覚めてベッドの中でぼんやりしながら何故か腑に落ちたことがありました。

 

 

 

 

 

 

あたし、今まで本当に自分を出さずに遠慮して生きてたんだわ。

 

 

 

 

 

 

 

周りの人を驚愕させるかも知れないけれど。笑

 

 

 

 

 

「まだ出すの!?」

 

 

 

もしくは

 

 

 

「気づいて無かったの!?」

 

 

 

 

 

という2つの意味で。笑

 

 

 

 

 

超絶HSPが、多分感情面に凄く現れているので、他の人が何を考えているのかが、分かるような、、、気がする。だから先回りして相手が欲している事をやる。言う。

 

険悪なムードが凄く苦手なので、自分が立ち回ってその場の雰囲気が緩むのであれば、、、と気を配り、みんながハッピーな様に話したり、和む様な事を言ってみたり。

 

自分のやっている事や好きな事に自信が無かったり、自己肯定感が低いのとも相まって、そして「仕事とはこうするもの!」「ミュージシャンとはこういうもの!」という固定観念に雁字搦めになってしまったりして、いつの間にかドラムの仕事で成功するまでは、他の事に手を広げちゃダメだ、とか、幸せになっちゃダメだ、とか何かよく分からない思い込みを沢山持っていたみたい。

 

 

 

 

 

そうやって仕事をするから、相手が何をしたいのかが伝わらないとイライラしたり。

 

仕事以外で音楽するのを自分に許せなかったり。

 

他の仕事をするというのが負けた気がしたり。

 

 

 

 

 

 

それってただ単に、自分が本当にやりたい事をやる事を自分に許可していなかったから、こじらせていたんだなぁ。。。

 

 

 

 

 

自分が本当にやりたいことをやっていれば、仕事でどんなにダサい音楽だろうとそれを客観的に見て「これに自分はどう取り組んで昇華するのか」という目線が生まれるし。

 

好きな事にドンドン取り組んで、それを更に自分の音楽に活かすことだって出来る。

 

 

 

 

 

 

人に「あなたがどうしたいのか分かんないんだけど!!!」って怒るのは筋違いですし。笑

 

それこそ、「人に対して思う文句はあなた自身が自分に言ってる言葉」という話そのものだわ!!!と。

 

あたし自身が自分に対して「あなたは本当は何をしたいのかちゃんと表現してよ!!!」て言い続けて来たんだなーと。そしてそれに気付かず無視して来たんだなーと。

 

 

 

 

 

自分で決めるのが怖いから「分からない、、、」という事にして、他の人の言葉や、状況の流れを読んでみたり、何かや誰かからのキッカケを待ったりしていたのですね。

 

少し分かった気がしていたけれど。

 

やっぱりまだまだ全然分かってなかったーーーー!!!笑

 

キッカケを誰かや何かに貰うのもいいけれど、結局決めるのは自分なんだよね。

 

そしてそれは自分がどうしたいのか、を知らないと決める事なんて出来やしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「HSP」を言い訳に使うのは好きじゃ無いけれど、その扱い方を知らなかったどころか自分の性質すら分かっていなかったあたしは「あれもこれもいい気がする」、「あの人の意見もこの人の意見も分かる」というHSPの柔軟さに飲み込まれ、カメレオンになり、自分の色が何なのかが分からなくなって来ていたのよね。

 

 

 

 

 

それでも、どんな人にだって絶対にその人のカラーはあって。

 

 

 

 

 

そしてあたしは何ならもしかすると人一倍その色が強い可能性だってあるのだ。

 

余りにもカラーの強い人達に囲まれ過ぎて萎縮していましたけれど。笑

 

でもさ、透明ってことだって1つのキャラクターだし。

 

薄い色も、それが1つの色なんだよね。

 

 

 

 

 

周りと比べるとインパクトは薄いかも知れないけれど。

 

それで包み込んだら凄く素敵に仕上がったり。

 

他の色を霞ませるような効果を持っていたり。

 

 

 

 

 

 

だから、自分の持っている色と、その性質を知ること。

 

どうしたら効果的なのかを理解する事。

 

 

 

 

 

そこに、優劣は絶対に、無いんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

アルバムを制作するというのは、誰に何を何故どこまでどうやってお願いするのかを自分でいちいち決めなきゃいけないステップの積み重ねで。

 

そしてプロの人にお願いする程、その人達の達観具合だったり、全体像を考えてのアドバイスだったり、その知識の深さだったりを目の前で見せつけられる。

 

 

目の前の人に全面の信頼を置いて自分を出し、自分の作品を出し、5W1Hの質問を常に自分に投げかけなければいけないのだ。

 

そこをちょっとズラして甘えた考えをする事に慣れていたあたしにとっては、もう毎日が頭の中パンクしそうな状況です。

 

 

 

 

 

「どうしますか???」

 

 

 

 

って色んな人から状況から聞かれる状態。

 

 

 

 

 

 

え!!!分かんない!!!

 

 

 

 

 

 

 

それでも正解を持っているのは自分しかいない訳で。

 

 

 

 

 

何でコレをやっているのか本当に分からない、、、と毎日の様に思ったりもするのだけれど、この選択し続けるプロセスをこそ今のあたしは必要としているのだなと。

 

 

 

 

 

 

まず人がどう思うかを聞くのではなくて、

 

 

「まず自分がどう思うのかを知ること。」

 

 

 

 

 

あたしが「他の人の意見を聞いてから」というのは、自分の決断に少しでも他の人の意見を入れることによって責任逃れをしたいという事じゃないかと。

 

 

 

言い回しでは凄く微妙な差なんだけれど、

 

 

 

 

 

「あなたがこうしたいと言うからあたしはコレを提供します。」

 

 

 

と言うのと、

 

 

 

「あたしが提供出来るのはコレです。」

 

 

 

 

って全然違うパワーを持っている気がする。

 

 

 

 

 

 

あたしはずっとずっと、周りの人を一番に置いて生きていたんだなぁ。

 

自分の事を放っておいて。

 

 

 

 

 

自分の性格が分からない

 

特長が分からない

 

得意な事が分からない

 

やりたい事が分からない。

 

 

 

 

 

 

だから自分を知っている人が羨ましく見えたし。

 

自分のこと、そんな簡単に分かるかい!!!って拗ねてたりもしたし。笑

 

 

 

 

 

まずは自分を理解する事。

 

そこで漸く健全なコミュニケーション、関係性というのが作れる様になるのだ。

 

 

 

 

 

本当のコミュニケーションというのは、自分が欲しているものを分かっているもの同士が、それを上手に伝え合い、お互いの違いを理解し合い、違う事を良しとして、双方がハッピーでいられる道を探す事であって。

 

 

どちらかが最初から相手に合わそうという態度は、コミュニケーションでは無い。

 

自分の意見があるのに、相手の事を思ってそれを言わないことでもない。

 

自分の事しか話さないことでもないし、相手がこう思っているだろうと憶測だけで話を進めることでもない。

 

 

 

 

 

 

どんだけダサくても、ヘタクソでも自分から出て来る音楽を出すと決めて、周りにシェアをするという今のプロセスで、少しずつ自分の中の「受け入れられなかったらどうしよう」が解けていくのが分かる。

 

自分から、自分の出来ること、やりたいことをシェアして、行動して行こう。

 

 

 

 

 

 

「もうどうせあたしみたいに一人でも最高に幸せでクレイジーな人と一緒に生きようと思う人なんていないから出家しよう」と思うくらいなら、その前に自分の中で最高にカッコイイと、自分らしいと思えるものをまず作って、出していったらいいじゃないか。そしてそこにはどうせ絶対に沢山の人が関わってくれることになる訳で。そうなったらもう空蝉だろうが坊主になろうが、どうだっていいじゃない???

 

 

 

 

 

 

こうして覚悟がまた1つ、決まっていく。

 

 

 

 

 

 

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