第6回:移民の歌
「意外な展開だったわね…」
店主はアイスコーヒーを作りながら小山内に声をかけた。
店内には店主と小山内のみ。小山内のうらめし中に、ほかの客はすべて帰っていた。
「だいたいいつも、お客さんがヨシエさんに一刀両断にされるっていう流れなんだけど、今回は…ちょっと違ったわね」
「なんだか、いろいろ考えちゃうな…」
小山内は店主の手元のアイスコーヒーを見つめながらつぶやいた。オムライスも中華スープも手つかずだ。うらめしタイムが終わって30分近く経つが、小山内は一向に食事をする気になれなかった。
アイスコーヒーを差し出しながら店主が言う、
「そうねえ…。さっきの話を整理してみましょうか」
ヨシエさんに向かって離婚届を差し出す小山内の手は小刻みに震えていた、
「僕は…僕は…本当にどうしたらいいか…」
言葉に詰まり、鼻をすする。
ヨシエさんは離婚届に目を落とし、しばらく睨みつけた。遠目に眺めていた店主からも、ヨシエさんの眉間に徐々にしわが深くなっていくのが分かった。
「僕はもう…こうなって…これが…妻のことを…」
「あなた」
ヨシエさんが小山内に視線を移す。
「…はい…どうしたらいいで…」
「あなた」
「は、はい!」
ヨシエさんの上腕二頭筋がピクリと動いた。
「あなた…ドコチュウ?」
「…はい?なんですか、それ?」
「どこ中かって聞いてんのよ」
「どこ中って、中学校がどこかってことですか?」
「そう。どこ中出てるの?」
「中央中です、この裏の」
「歳は?」
「32になったばかりですけど、それが何か?」
「ちゅんすけ…そうでしょ?」
「えっ…!! どうして…!ヨシエさんって、そんな力もあるんですか!」
ちゅんすけは、小山内の中学時代のあだ名だ。
「だったら面白いけど、残念ながらそうじゃないわ。あなた、中央中3年3組のちゅんすけよね?」
「そうですけど、どうして…?」
「同じクラスのヨシムネ、覚えてる?」
ヨシムネ…ヨシムネ…ヨシムネ…。思い出すまでに少し時間が必要だった。いつもつるんでいた仲良し三人組ではない。部活の仲間でもない。ヨシムネ…。暴れん坊将軍ヨシムネ…いや、違う、外れん坊将軍ヨシムネ!
「ムネタ!…ムネタヨシノリ!」
どのグループにも属さず、登校から下校まで常に一人。授業中に先生に指されて口を開くことはあっても、自分から質問したりすることはない。もちろんクラスメイトに話しかけることもなく、友達もいなかったはずだ。華奢で色白、前髪は目を少し隠すくらいの長さだった。スポーツが得意ではなかったが、どれだけ走っても汗をかいているところは見たことがない。あまりにもクラスの輪に馴染んでいない割には、宗田義則(むねた・よしのり)という戦国武将のような立派な名前だったことから、「外れん坊将軍ヨシムネ」とあだ名され、むしろ印象を強めていた感がある。
「そう、その義則。私の息子よ」
「ええっ!! ヨシムネの母ちゃんですか?」
「そう、母ちゃん。あなたの顔、どこかで見たな~って思ったんだけど、小山内っていう名字で思い出したわ」
小山内の頭から離婚の議題が吹っ飛んでいた。
「ええと…ちなみに、ヨシエさんはお亡くなりになってらっしゃられますですよね?」
「られますですよ」
「…ということは、ヨシムネは今、母ちゃんがいないってことですよね?」
「そういうことね」
「そうですか…ご冥福をお祈りいたします…」
「冥福じゃないから自縛してんのよ」
「ああ、そうですよね!で、ヨシムネ、元気ですか?」
「そう、そこなのよ」
ヨシエさんは腕組みを解き、手を腰に添えた、
「元気かどうか、分からないの」
「分からない?だって、ヨシエさん、自縛してるんですから、ヨシムネの様子も知ってるんじゃないんですか?」
「自縛って、結構面倒なのよ。この場所から離れられないの。自縛住所っていうのがあってね、所沢市並木3の1の3、ここから外には出られないのよ」
「はぁ。それは、ここでヨシエさんがお亡くなりになったからとか、そういうメモリアルな場所なんですか?」
「馬鹿言わないでよ、こんなとこでどうやってお亡くなりになるのよ。病院でもなけりゃ路上でもない、こんな場所で」
「じゃ、どうしてここに…」
「社宅みたいなもんね」
「…まったく飲みこめないんですが、それは何ですか?」
「自縛するのだってタダではいられないのよ。その地に厄介になる以上、ショバ代を払わないといけないでしょ。私はどうしても、このあたりに自縛したくて、そのためには働かなきゃショバ代を払えない。だから、ここを現住所として登録させてもらって、ここでお仕事をしているわけよ」
「ショバ代…って誰に払うんですか?」
「それは、死ねば分かるわよ」
「はあ…。それと、お仕事って、これ、ヨシエさんのお仕事だったんですか?」
「そうよ!失礼ね、あなた。私の仕事は自縛予備軍を減らすために、現世の迷える子羊たちの悩みを聞くこと。自縛になる人って、一定程度が自殺による死亡なの。だから、あなたみたいなお先真っ暗な人の話を聞いて自殺者を減らすんじゃない」
横から店主が割って入る、
「そうだったんですか!ヨシエさん、そういうの私にも情報共有してくださいよ」
「あら、言ってなかった?申し訳ないわね、そういうことだから、あなたには感謝してるわ」
「いえいえ、お役にたててなによりですけど…あ、それで、お客様のご相談を聞いてあげてくださいね」
「あ、そうそう、ごめんなさい、私の話ばかりしちゃって。離婚の件だったわね。それなら、目の前に市役所があるから、1階の市民課…だったかしら?そこに持って行けばすぐに処理してくれるわよ。あと、扶養とかの関係で保険証も変わるのかしら?そのへんは全部窓口で聞いて、ぬかりなくやりなさい。妻は赤ちゃんがいて身動きとれないんだから」
「違います!ヨシエさん、違うんですよ!離婚したくないって話です!」
「いやぁぁぁ…難しいんじゃない?だって、あなた。離婚したいって言うのは簡単だけど、離婚届を実際に書くっていうのは、相当な決断よ。しかも、これをあなたに託したってことは、いつ提出されても構いません、っていう意味でしょ?これ結構な大ごとよ?」
「だからどうしたらいいかと…」
「気づくのが遅かったなあ。予兆はあったはずなのよ」
「そんなことは…ないと思います。出張に行く日も普通だったし、出張中もメールで何度かやり取りしてたし」
「はいはい、みんなそう言います。ただね、女ってのは、突発的に離婚を決めるわけじゃないわ。いくつもの積み重ねがあって、バケツの中の水があふれたときに初めてドッカーンと来るわけよ。沈黙の臓器…気付いたときには致命的…夫婦の人間ドッグを怠った報いね」
「そんなぁ…じゃあ、もう僕たちは修復不可能っていうことですか!」
「修復したい?」
「はい!もちろんです!」
「どうしようかな」
「お願いします!何でもします!アドバイスをください!」
「何でも?する?ほんとに?」
「します!」
「その元気があれば十分やってける気がするんだけどね…」
「お願いします!ヨシエさん!」
「じゃ、ちゅんすけに頼みがあるわ。義則が今、どこでどうしているのか、教えてほしいのよ」
「ヨシムネが、ですか?」
「そう、私の生前の心残りは、あの子にお別れを言えなかったことなの。ここに自縛すれば義則に会えると思って住みついたんだけど、ほら、うち母子家庭じゃない?あの子、私が死んですぐに、どこか別の場所に引き取られたみたいなの。」
「心当たりは…?」
「そうね、私の実家か、元夫の実家…は多分ないと思うけど、そうじゃなかったら孤児の施設…とか」
小山内はヨシエさんから、実家の住所を聞き出しメモした、
「すぐに調べますよ」
「急がなくても大丈夫よ、今まで何年も待ってきたんだから」
「いやいや、早くしないと、うちの夫婦関係が修復できなくなってしまいます!」
「そうね、分かったわ」
それからヨシエさんはたっぷりと時間をかけて、自分が死亡したときの状況を話して聞かせた。ヨシエさんの弁によると、死亡したときに身に付けていたもの以外は、霊となってから所持することができないらしい。
そのため、ヨシムネの写真などの手掛かりを持ち合わせていないことが消息を突き止める上で障害になっていたそうだ。ヨシエさんがこの場所を選んで自縛したのは、ヨシムネの知人が表れてくれるのを待つためだった。なにせ交友関係の少ないヨシムネのこと、これまで一度も知人と思しき人物に当たることができないまま、今日こうして中学時代の同級生と出会えたのだという。
「32歳か…。結婚してるのか、子どもがいるのか…いや、あの子のことだから独身だろうねえ…。じゃ、よろしく!」
ヨシエさんは笑顔でウインクし、カウンターに声をかけた、
「長くなっちゃってごめんなさい。彼の分は私につけといてちょうだい」
「ヨシエさん!」
店主が慌てて引き留める、
「あの、立ち聞きしちゃってすみません。念のために聞いておきたいんですけど、もし息子さんの消息が分かったとして、ヨシエさんが成仏しちゃうなんてこと…」
「どうだろう。私、死んだこともあるし、自縛してるけど、成仏したことないから、どんな感じなのかちょっと分からない。少なくとも、息子にお別れを言うためにここに居座ってるから、それが叶ったらどうなるんだろう…」
店主はそれ以上何も言えなかった。
ヨシエさんファンがいるおかげでこの店が盛り上がっているのは紛れもない事実だが、しかし、ヨシエさんにとっては念願を果たすことの方が大事に決まっている。ヨシエさんを引き留めることは、つまりヨシエさんの自縛状態、この世に未練があるままで居続けることになる。
ヨシエさんの姿が消えた。
小山内は住所をメモした手帳と、離婚届をつかんで、元のカウンター席に移動した。
今の自分の年齢ですでに母親がいない…それはどんな感じだろう。しかも、ヨシムネは中学のときには父親がいなかったから、今の段階で両親を失っていることになる。
両親のいない正月。お盆。
それはどんなものだろう。
小山内はふと思った、どうしてヨシエさんは「小山内」という名前にピンときたのか?それほど珍しい名前でもあるまいし、ヨシムネと特別仲が良かったわけでもないから話題になることもなかったろうに。
華奢なヨシムネとレスラー然とした筋肉を持つヨシエさんを交互に思い出しながら、小山内はアイスコーヒーをすすった。
(つづく)
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