このブログを始めた時に、病気を発症してからの数日は長くなるので別記事にしますと書きました。
でも、どうしても書けなかった。






2018年6月26日AM1時頃夜中に急に大泣き。この時に動脈瘤が破裂したものと思われます。



翌日のPM3時頃痙攣開始、救急搬送、緊急手術。



この間の14時間、娘はどうしていたかというと





朝はグズグズしながらも寝室から歩いて起きてきました。
私に抱きついて甘えていました。
朝ごはんはいらないと意思表示しました。
ビーズクッションに横になり、おかあさんといっしょを見ていました。
朝のうちにかかりつけの小児科を受診しました。







娘の脳血管が破裂してから意識障害を引き起こすまで、約14時間のタイムラグがあったのは何故か。
脳動脈瘤が破裂すると、その瞬間一気に脳内に血液が回り激しい症状(頭痛、嘔吐)に見舞われます。
しかし人間とはよくできたもので、そのまま出血し続けるのではなく、血管の外からの圧力で程なく出血は止まるのです。
一旦出血が収まった娘は歩いたりテレビを見たりしていましたが、やがて少しずつ回っていた血液の圧迫に耐えきれなくなったからか再出血したからかは定かではありませんが、取り返しのつかない障害を負ってしまったのです。




この現実が、
瞼の裏に記憶として残っている娘の最後の元気な姿が、
辛くて辛くてどうしても忘れることができない。





母子入園時に、保育園でうつった高熱からの重責痙攣で脳症を引き起こしてしまったお母さんが
「私が仕事をしようと思って保育園に息子を預けなければこんなことには…」
と、おっしゃっていました。


もちろん、みんなで全否定。夫婦で共働きで頑張ろうと思うことが間違っていたなんて、そんなはずない。
二相性急性脳症やインフルエンザ脳症など、熱が出て痙攣が起きて、もうどうにも止められなくて…。こんなの、絶対にどうしようもないんですよ。
自分を責めないで、そう思っていました。





でも、私は違う。
少なくとも私には14時間はタイムラグがあった。
もし夜中のうち、もしくは朝まだ意識があった頃に出血が発見されていたら、こんなことにはなっていなかった?




私と主人が娘をこんな風にしてしまったんだと、自分を責めて責めて




もしこーしてたら?あーしてたら?と戻れない過去を何度もシミュレーションして





泣かないように努力しないと自然と涙が滲んでくる日々を過ごしていた時に、とある方のブログをたまたま読んで、ハッとさせられたのです。





アメブロではないですし、個人的なやり取りはあるのですがここに掲載していいか許可を取っていないので詳細は省きますが、その方の息子さんは私の娘が発症する10日前に脳外傷を負ってしまったのです。
ブログの写真や様子を見て驚きました。
頭蓋骨を外して一部が凹んでしまった頭部、ぼんやりとした感じ、体の麻痺、目の見え方、感情の表出。
ここまで娘の様子と似ている症状のお子様に、私は初めて出会いました。
ビックリして一気にブログを読み進めると、ほっぺをパシッと叩かれたような感覚がありました。



こんなに辛い状況なのに(特にその方は海外での負傷で本当に大変だったことと思います)、何にも諦めていないランニング
とにかく前向きで、何か治療がないか常に情報を求めて、なんと先日まで治療を求めて3ヶ月間アメリカに行かれていたのです目




私はネットの情報を閲覧するだけで、急性期の治療が終わったらあとはリハビリに励むのみと思っていました(もちろんリハビリは大切ですし毎日励んでます!)。
でも、自分できちんと調べて情報収集したら、まだ治療として行えることがいくつかあるしこれからもどんどん増えていく。
リハビリももちろん大切だけど、娘の長い長い人生を考えたら、多少お金がかかっても出来ることは何でもしよう。
娘がこうなってくよくよウジウジ泣いてばかりでしたが、違う違う!そのエネルギーを一滴残らず全て娘が良くなるために使おう。
夫婦で前向きに話し合い、とにかく片っ端から出来ることはやってみようと情報収集を始めたのですキラキラキラキラ









ちなみに、本当に本当に後悔だらけ何度も涙が枯れるまで泣いた娘の発症時の事ですが、時が解決するとはこういう事なのか約1年が経って少しずつ私の気持ちも落ち着いて、ブログに書ける程度には受け入れたと思います





発症当時は私達のせいで、と周りの声を聞く耳も持たず親失格だと決めつけていましたが、1年ゆっくり考えると
〝嘔吐してぐったりしている娘を見て、それが脳で何かが起きているからだと気づけなかったとしてもしょうがないんじゃないか〟
と、自分の中で少しずつ咀嚼できたんだと思います。




急性期病院を退院する時に、お見舞いに来てくれた救急救命の先生に思い切って
「やっぱりあの時何で夜中に救急病院に行かなかったのかと今も後悔だらけです。」とお話ししたところ、
「小児救急にはガイドラインっていうのがあってね。あの時に痙攣してたのなら別だけど、嘔吐してぐったりしてるだけじゃCTは撮らなかったと思う。それで撮ってたら全員CT撮らなきゃいけなくなるし少なからず被曝もするしね。残念だけど娘さんは夜中来てたとしても点滴して朝目が覚めたら家に帰されて、病気が分かるタイミングは変わらなかったんじゃないかな。」と言われたことも大きいです。




子ども救急相談に電話をかけた(通話中で繋がらなかった)
元看護師の義理母に電話で相談した
娘が息をしているか夜中に何度も確認した
朝娘が寝ている間に経口補水液や蒸しパンを買ってきて食べさせた
次の日には病院に連れて行った
とにかく娘の体調を本当に心配した





私と主人は娘のためにベストを尽くしたけど、こうなってしまった。
少しずつそう思えるようになってきて、今の娘に向き合えるようになりましたほっこり





病気になる前の娘も、なった後の娘のことも、どちらも本当に大好きですハート

  








長くなったので分けますアセアセ